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 冬の温室                    1月19日

 パラグアイ・オニバス/ 原産地はパラグアイ、アルゼンチン、ブラジル。新宿御苑の熱帯スイレン室の中央プールに浮かんでいる。葉の直径は1メートルある。まず夜に白い花が咲き、朝になると閉じる。二日目の夕方もう一度花開くが、花の色は変わっている。花はその後、水中、に沈み、種ができる。

▼ 1998年に封切られた「トゥルーマン・ショー」という映画がある。映画の舞台は「トゥルーマン・ショー」というタイトルの近未来のテレビ番組である。番組はトゥルーマンという主人公の誕生から会社員の現在までをリアルタイムに中継で追いかける、という奇想天外な仕掛けになっている。全世界220カ国向けに毎日放送され驚異的な高視聴を二十年間保ち続けている。実はこの番組、テレビ局が作った巨大なドームの中で繰り広げられている。町の住民、妻、犬にいたるまで全員が俳優であり仕込まれたエキストラである。そのことを何も知らないのは、ドームとともに生まれたトゥルーマンただ一人である。町のあちこちに仕込まれた無数の中継カメラがトゥルーマンを追いかける。視聴者は同時進行で進むトゥルーマンの人生を食い入るように見つめる、という仕掛けになっている。最近の北朝鮮報道を見るたびにこの「トゥルーマンショーを思い出す。
▼拉致問題から始まった北朝鮮報道は核の問題を絡めてなにやら妙な方向に向かっている。テレビ各局は毎日、ピョンヤン放送を長時間流し、「将軍様」崇拝の異様な放送を面白おかしく論評する。それが高視聴率をはじき出すのでやめるにやめられない。ピョンヤン放送のアナウンサーは日本の視聴者の間でもすっかり有名になってしまった。確かに教条的な番組は異様だ。芸能番組、幼児番組にいたるまで「将軍さま」に塗り染められた画一性は外で見るものにとっては滑稽でしかない。昔、日本もそうであった、など妙に俯瞰した立場で視聴者はこの滑稽さを満喫する。
▼ピョンヤンを訪れたことのある人は口をそろえて「あの町はショーウインドーだ」という。黄金郷としての北朝鮮をアピールするために、ピョンヤンに集められた人々には豊かさが保証される。この町には外国製品が集められ、道行く人々の身なりもいい。それが世界に放送される。人々は
「これも将軍様のおかげだ」と声をそろえる。
▼あるテレビ局が新潟港を船出する万景峰号の積荷の内容を報道した。最新の電化製品、本国からのリストに従って世界各地の特産物を集める人、リストには「メロンは○○産のものに限る」、といった具合に実に細かい指定がある。それらの多くは将軍周辺の特権階級の人々に渡るのだろう。あの国は権力の中枢にいる人ほど異様な物質欲に染まっているのではないか。
▼2年前、成田空港に忽然と金正日将軍の長男、金正男氏が美女を従えて降り立った。偽造旅券で入国をはかろうというのも軽率なら、入国の目的も「ディズニーランドに行きたかった」とあまりにも稚拙だった。マスコミは、「そんなはずはない、背後に何らかの工作活動をする目的がある」などと推測したが、あれは本当にディズニーランドが目的だったのだと思う。ショーウインドーの中に生まれモノに囲まれ贅沢の極致の中で、あのディズニーランドでミッキーマウスのパレードを見ることが大きな目的になったとしても不思議ではない。
▼ 時代をややこしくしているのは、生まれたってからずーとショーウインドーの中で育った2世、3世たち、つまりリッチ・チャイルド達だと思う。帰国運動で北へ帰っていった友人を多く持つ在日の作家、梁石白氏はこう断言する。「金日成が息子の金正日に全権を譲ると知った時、そんな馬鹿な、と思った。社会主義に世襲制は考えられないでしょ。」 確かに世襲制が決定的な刻印を押した。息子たちは文化という衣を着た悦楽の中でますます分厚い欲望のドームの中に篭ってしまった。
▼映画「トゥルーマン・ショー」では、主人公のトゥルーマンが自分が監視されていることに気づきやがて、この町の外に世界があることを知り、脱出をはかる。その決死の脱出行を番組は中継し視聴率は過去最高を出す。そして、トゥルーマンの脱出成功とともに番組は打ち切りになる。ではもうひとつの「トゥルーマン・ショー」はどのようなストーリーをこれから紡いでいくのだろうか。

▼昨日、北朝鮮から中国へ脱出した日本人女性が中国吉林省延辺地区の公安当局に保護された。北京の日本大使館は中国に引渡しを求めているという。その女性が書いた嘆願書が新聞に掲載された。「私が在日朝鮮人だった主人と共に第一次帰国船で北朝鮮に来たのは1959年12月、まだ22歳の時でした。朝鮮に来て10年目に主人が政治犯で捕まえられて生き別れをしました。ピョンヤンから山奥に追い出され、子供二人を抱いて朝鮮語もろくに話せず政治犯の家族としてそれからの生活はこの紙全部に書くことはできません。・・・生きて日本にかえって妹に会って死んでも日本で祖国で死のうと思って歯を食いしばって生きてきました。・・・」
ピョンヤンの外の出来事をショーウインドーの中の"リッチ・チャイルド”達はどこまで自覚しているのだろうか。ここにあるもうひとつの「トゥルーマン・ショー」でも巨大ドームに少しづつ風穴が開きつつある。

▼冬の新宿御苑、矢印のままに公園の中にある大きな温室に飛び込んだ。入った途端に、冷気を帯びた体がゆるんでいく。アマゾンやアフリカから持ち込まれた熱帯雨林の植物の中を通り、大きなプールに行き着いた。そこに浮かんでいたパラグアイ・オニバス、日差しを受けて輝く見事な花、水中をみると、メダカが群れをなして泳いでいた。
 外では冷たい風が吹き荒れている。
                          
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