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4千年後のバビロニア     3月27日

シバザクラ(芝桜)/別名はハナツメグサ。ハナシノブ科の宿根草。花がサクラに似て茎が芝のように地面を這う。花言葉は合意、一致。

▼イラク戦争は心配した通り、早くも泥沼化、長期化の様相を見せ始めた。米国政府は、「これが戦争だ。数日で終わるきれいな戦争なんてないのだ。我々は勝つまで戦う。作戦は全て順調に運んでいる」というが、ほんの一週間前まで、この戦争は米国の圧倒的戦力で数日で終わると思っていた人も多いはずだ。
▼米国地上軍北上の先端は、バグダッドから80キロ、カルバラの手前までやってきた。首都周辺にはイラクの精鋭部隊で、首都周辺の防衛にあたる「共和国防衛隊」が待ち構えている。ここでしばらくにらみ合いが続きそうだ。

▼首都バグダッドの近郊には、4000年前の都市遺跡がある。バグダッドの南西90キロにあるというからまさに米軍が迫るカルバラの近くであろう。南部を中心に繁栄したシュメール人の都市国家は、前2400年頃になると、メソポタミア北部の丘陵地帯を本拠地にしていたセム系のアッカド人により征服された。その後、シュメール人が一時期、勢力を取り戻したが、前19世紀にはセム系のアムル人がバビロンを都とする古バビロニア王国を建てた。この王国のハンムラビ王(前18世紀〜前17世紀)は、全メソポタミアを支配し、メソポタミアはバビロニアと呼ばれるようになった。
▼ハンムラビ王といえば、世界最古の法典「ハンムラビ法典」をつくったことで有名である。「目には目を、歯には歯を」という同害復讐の原則でまとめられ、旧約聖書にも大きな影響を与えている。中央大学の中田一郎教授によれば、この法典の目的は社会的弱者の救済と正義の回復にあった、という。法典の後書きでハンムラビ王自身がこう述べている。  「強者が弱者を損なうようなことがないために、身寄りのない女児や寡婦に正義を回復するために、・・・・・・国(民)の(ための)判決を与え、国(民)の(ための)決定を下すために、虐げられた者に正義を回復するために、私は私の貴重な言葉を私の碑に書き記し、(それらの言葉を)正しい王である私のレリーフの下に置いた」・・・・公正な裁判を行い、虐げられた男女に正義を回復することが王に課せられた重要な責務であるという考え方は、当時のメソポタミアに意外と広く行き渡っていた、という。
▼中田教授の解説でさらに興味深いのは、この法典に犯罪被害者救済の考えが盛り込まれていることである。
 仮に犯人が捕まらなかった場合でも、強盗事件が発生した市とその市長が被害者または被害者の遺族に損害の補償をしなければならない、としているのである。たしかにこれは驚くべきことである。さらに法典には製造物責任の考え方、医療過誤をめぐる医師の責任についての考え方も盛り込まれている。

▼化学兵器を使って5000人ものクルド人を殺害したフセインを、この「ハンムラビ法典」を使って裁くとしたらどのような判決が下るのだろうか。また、大量破壊兵器の撲滅という大儀を掲げ、自ら大量破壊兵器を駆使しフセイン打倒に進軍するアメリカ軍はどのように裁かれるのだろうか。社会弱者の救済と正義の回復のために、ハンムラビ王が「イラク戦争をどう裁くのか?」そんな企画があれば面白い。

▼さて、4000年前、バビロンにそびえていたであろう大聖堂(ジッグラト)は旧約聖書の「バベルの塔」のモデルになったといわれている。昨今の危うい世界情勢と「バベルの塔」を並べて記した寺実郎氏の寄稿文を紹介したい。(以下「世界3月号」より)
「バグダッドからイラク南部の街バスラを経てアラビア湾までは直線距離で約750キロであるが、バグダッド市街を流れるチグリス川がユーフラテス川と合流してシャトルアラブ川と名前を変えて河口にいたる総延長距離は4000キロに達する。流れが急な日本の河川と異なり、ゆったりと流れているからである。驚くべきことに、バグダッドから河口までの標準差は、わずかに数メートルである。
 そのことは人類の歴史に大きな意味を持った。旧約聖書にもでてくる歴史的高層建造物<バベルの塔>に思いが至る。バグダッド郊外に<バベルの塔の跡」>といわれる遺跡があり、私自身訪れたことがある。バベルの塔とは土をレンガ状に固めた高さ約90メートルの立方体だったと言われ、100メートルを超す高層ビルを見慣れた今日的感覚からすれば大した高さではない。だが、この塔が海岸線まで700キロの標高差数メートルという平坦な土地の上に立っていたことを想像すれば、何故この塔が歴史的建造物として人々の記憶に残ったかのかがわかる。遥か彼方から目立ったのである。
 ▼この地が再び不幸な歴史の舞台になろうとしている。400年近くオスマン帝国の支配下にあったこの地を1914年に英国が占領して以降の歴史を振り返るならば<大国のエゴと無責任>が繰り返し不幸をもたらしてきたことに溜息をつかざるをえない。民族も宗教も異なるバスラ、バグダッド、モスルの三州を英国が委任統治国家<イラク>として人工的に創り出したのは1921年であった。
▼旧約聖書によれば、バベルの塔は<頂を天に届かせよう>という人間の傲慢の象徴であり、神はこれを見て<それまで一つだった人間世界の言語を乱し、互いに言葉の通じない存在にした>という。この話に私は強い現代性を感じる。現代におけるバベルの塔とは何か。マンハッタンの摩天楼というよりも米国の存在そのものではないのか。すべての問題を自分だけで解決できるという幻想の中にあるブッシュ政権下の米国を凝視し、今我々はどうすべきかを熟慮の時である。問われているのは理性である。」


▼フセインのバベルの塔は地下に向かって伸びている、という。そこをねらって地中貫通爆弾が撃ち込まれる。その繰り返しの中で、地の底から4000年前の人類の理性が目醒めてくれることを期待したい。 

       参考:四大文明メソポタミア(NHK出版) 高校世界史(東京書籍) 世界3月号     

                     2003年3月27日                  
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