雨を降らす仕事 9月28日
林檎
花言葉の一つ:導かれるままに
▼ 妻に連れられて、都立西高校の文化祭(西高記念祭という)を見学した。教室や校舎のあちこちで繰り広げられる演劇や映画、音楽は十代の若者の発散する強烈なエネルギーでむせかえっている。彼らは気づいていないが、ここそこにはっとする才能と可能性が溢れている。
▼今年、特に感銘を受けたのは演劇サークル志記が上演した「イン・ザ・スカイ」という演劇だ。上演された視聴覚教室は300人はいたのではないだろうか、同級生や父兄、教師、他校の生徒
で満席であった。「イン・ザ・スカイ」という戯曲を聞くのは初めてだった。
▼真っ青なホリゾント。シルエットの若者たちの群像が幕が開くと同時に唄い始める。
omewhere over the rainbow Way up high here's a land that I heard of Once in a lullaby・・・・
実によく通る透き通った声が静かに響き渡る。このオープニングの演出が「空」というモチベーションを明確に印象づけた。舞台装置ははソフア(あるいはベンチ)一つというシンプルさだったが、それぞれの役者の声量のある、伸び伸びとした演技がその余白を埋めていく。そして、なによりすばらしいと思ったのは、その脚本だった。
▼天界に住む少女、レイン。生まれて15年、父親に「人間界」の本を一万冊読んだら、天使の仕事を教えてやる、といわれ読書三昧の日々を送ってきた。そしてその約束を達成した日、父に天使の仕事をさせてほしいと迫る。父はこう言う。「天使に羽根がはえていたり、人間が死んだら天国にくるというのは人間界の作り話だ。死後の世界は生きとし生けるもの全てに存在し、そして存在しない。」 そしてこう告げる。「我が一族が天使として代々行っている仕事とは雨を降らせる仕事じゃ。」
▼戯曲「イン・ザ・スカイ」はレインが修行のため人間界に降り、「雨を降らす仕事」の意味を体得するまでの物語である。レインが降り立ったのは19世紀末のロンドンの片隅、道の真ん中で倒れているところをフレッドという青年に助けられる。狭いフレッドの家にはリジーという目の見えない妹がいる。兄妹には両親がいない。フレッドを兄貴といって子分のように慕ってくるウイルにも親はいない。レインは貧困に喘ぐ孤児達と生活を共にすることになる。
▼貧しさの中、賢明に生きようとする孤児たちの描写に割り込むように、19世紀末みずから開発した羽根をつけ丘から飛び降り当時「鳥に一番近い男」といわれたオットー・リリエンタール氏が登場する。リリエンタール氏の夢の中に登場するライト兄弟との軽妙で洒脱な会話が実に歯切れよく見事だった。リリエンタール氏はライト兄弟に、地球の重力の呪縛から解放されて空に舞うことの素晴らしさを語る。
リリエンタール ほら、あそこに飛んでいる鳥を見ろ。
ライト兄弟 空を見上げる。
リリエンタール カッコイイだろう?
ライト兄弟 ええ?
リリエンタール だってヤツら、空の一部なんだから。
ライト兄弟 再び空を見上げる。
ライト兄弟 ・・・空の一部。
リリエンタール ああ、そうだ。逆に空から見下ろせば俺達は地面の一部だ。地球という
この大きな土の固まりの一部なんだよ。そこら辺に落ちてる石ころとたいして変わらん。
ライト兄弟 石ころ・・・。
リリエンタール だけどあいつらは、雲や、星や、太陽の仲間なんだ。なんだか悔しいと
思わないか?鳥だけに、空を飛ぶことが許されているなんて。
ライト兄弟 うん。
でも、おじさんは、空の一部になることができたんだね。
リリエンタール ああ。ちょっとだけな。ほんのちょぴっとだけだが・・・。
ライト兄弟 どうだった?空の一部になった気分。
リリエンタール そうだな。 間。
リリエンタール 神様に・・・触れた気がしたな。
個人的にはこのシーンが好きだ。絶えず未知なるものへ夢を託し進化を続ける人類の性を、リリエンタール役の田辺慎吾は嫌味なく伸び伸びと演じ、ライト兄弟役の内田阿紗子、川上麻由もハツラツと素晴らしい声量で、3人の軽妙な絡みが舞台を活気付けていた。
▼ 一方、孤児たちは遠く丘に昇る一筋の煙を追って空を見つめる。
レイン あの煙はなんなんだろう?
アーヴィング 火葬場だよ。
ウィル 火葬場?
アーヴィング 死んだ人間を燃やすんだ。
ウィル 燃やす?
アーヴィング そうだ。
ウィル なんで?
アーヴィング ここ何十年か、火葬論というのが科学者の間で話題になっていてね。今ま
でだったら亡くなった人の体をそのまま棺桶の中に入れて土の中に埋めるだろ?
ウィル うん。
アーヴィング それを燃やして灰にしてしまおうというのが火葬論だ。一八七四年、イギ
リス火葬協会というのができてね、その十一年後、我が国にはじめて火葬場が出来た。
それがあそこだよ。
レイン 火葬場・・・そうか、あの煙は死体を燃やす煙なんだ。
ウィル 何で燃やすの?
アーヴィング 死体を燃やすとね、ペストなどの伝染病の予防になるんだ。それから
お葬式の費用も、火葬の方が少なくてすむらしい。
ウィル へえ・・・。
アーヴィング これからはそういうかたちのお葬式が増えていくんじゃないかな。
レイン 人は土から生まれたんだろ?
アーヴィング え?
レイン 死んで土に還らないのはおかしいよ。
アーヴィング 棺桶に入った死体が土に還るかい?
レイン ・・・・。
アーヴィング それに、火葬協会では、残った灰を肥料に使うという研究もされている
ようだよ。それなら人間は土に帰ることになる。
ウィル 死体の灰で麦やジャガイモを育てるのか?
アーヴィング ああ。
ウィル できれば食べたくないなあ。
アーヴィング もっともだな。
ウィル ジャガイモが、死んだ親父の顔になってたりしてさ、しかも酒臭いんだ。
アーヴィング ははは。
フレッド 燃やして残った灰ってのは、どれくらいになるんだ?
アーヴィング さあ、僕も見たことはないけど、まあ、これくらいかな。
レイン そんなに少ないの?
アーヴィング 小屋一軒分の材木だって、燃やしてしまえば少なくなるさ。増してや
人間の体の半分以上はただの水だからね。燃やすと蒸発して無くなってしまう。
ウィル 僕がもし、死んだとしてもあんなところで燃やされるのはいやだな。
アーヴィング え?
ウィル あんな町外れの寂しいところで燃やされるなんて・・・。寂しかったからさ、
親父の葬式も。親戚も少ないし、酔っぱらって人に迷惑ばっかかけてたから、来て
くれる人も少なくて。
レイン ・・・うん。
ウィル 俺は・・・あの丘の上がいい。
アーヴィング え?
ウィル あそこは、花が咲いてて、綺麗なんだ。俺を燃やした灰が肥料になるってん
なら、野菜より花のほうがいいよ。
アーヴィング そうか。
レイン 花がウィルの顔になったりして。
ウィル うるさいな。
フレッド いいな。それ。
レイン え?
フレッド あの丘なら、このロンドンで、一番空に近い。
ウィル 空か・・・・。
レイン ・・・・。
ウィル 天国って・・・空にあるんだよな。
レイン え?
ウィル 親父も・・・この空の上にいるのかな。
レイン ・・・・。
ウィル 天国じゃあ酒なんて無いんだろうな。おやじ、酒の無い所でどうやって生活し
てるんだろう?
レイン ・・・・。
アーヴィング きっと、酒なんて飲む必要がないくらい、いいところなんだろ?天国っ
てのは。
ウィル いや、でもあの親父のことだ。天国に行ってるとは限らないな。ひょっとしたら
地獄に落ちてるかもしれない。いろんな人に迷惑かけっぱなしだったから。
レイン 地獄なんて無いよ。
ウィル え?
レイン 死後の世界はさ、誰にでも平等なんだってさ。
アーヴィング 誰が言ってたんだい?そんなこと。
レイン 天使。
アーヴィング え?
レイン ・・・信じないだろうけどさ、会った事があるんだ。天使に。
ウィル 嘘だろ?
レイン 嘘じゃないよ。・・・その天使が言ってたんだ。死後の世界は、生きとし生け
る者全てに平等に存在し、そして存在しない。
ウィル なあレイン。
レイン ん?
ウィル どんなだった?天使って・・・。
レイン 僕が知っている天使は・・・・そうだな。
間。
レイン 胡散臭いおっさんだった。
暗転。
レイン役の東奈津子の演技は空気のような透明感にあふれている。フレッド役の木岡靖博は現代の若者の鬱屈した純粋さを見事に背負っていた。またウイルの澄んだ声や存在感に大きな可能性を感じた。
▼ そして話はクライマックスに入る。貧しさのどん底の中で、フレッドは自分が勤めていた工場の工場主の家に盗みに入ることを思い立つ。ちょび髭の工場主は倫理観もなにもない金まみれの生活をしていた。工場で仲間が倒れても何もせず無視を決め込み、幼馴染の孤児マーガレットを路上で買い弄んだ。マーガレットはそれを契機に売春婦に転落し梅毒で死んでいったのだ。
フレッドの発する台詞の一つ一つが、バブルにまみれ、金で全てが解決できると言う観念にとらわれ、いまなお少女を弄び続ける日本の大人への痛烈な批判に重なる。
▼空を目指すリリエンタールはある日、風に乗って空に舞い上がった。その一瞬の中で、ある想念に駆られる。「空を飛べるということは、自由自在に空から物を落とせると言うことだ。例えば私の家の屋根に、大きな岩を落としたりできるということだ。俺の妻や、子供たちの頭の上にも・・・・。あるいは、もっと、恐ろしいものも・・・・。」 やがて人類が飛行機を発明し、その機上から無数の爆弾や原子爆弾を落す風景を想起したのだ・・・・
この恐ろしい想念を振り払うように「それでも俺は飛び続けるしかない。俺の人生は、ただ空を飛ぶため、ただそれだけの為にあった。それしか能のない男だった。俺は、俺はただ! 鳥になりたかっただけなんだ!!」と叫んだ瞬間、強風に煽られ、リリエンタールは墜落死する。
▼ 工場主の家に押し入ったフレッドは返り討にあい、血まみれとなり路地裏を彷徨う。
レインとウイル、フレッドを発見して駆け寄る。
フレッド 駄目な人間ってのは、悪いことしようとしても結局駄目なんだな。ざまあねえや。
あれだけバカにしてたチョビ髭どもに蜂の巣にされて地獄行きだ。
レイン 地獄なんてないよ。
フレッド ・・・・。
レイン 死後の世界は、生きとし生けるもの全てに平等に存在し、そして存在しない。
フレッド そうか、そうだったな。
レイン 胡散臭いおっさんの天使が言ってたんだ。
フレッド そうか・・・・。レイン、お前も・・・・。
レイン なんだ?
フレッド 天使だったんだな。
レイン え?
フレッド お前の背中に・・・・羽根が見える。
レイン、背中を見る。何もない。
そのまま視線を動かし、上空を見上げる。
空には雲が流れている。
ウィル ばかだな、兄貴。雲だよ。雲と見間違えたんだ。
フレッド ・・・・。
ウィル ばかだよ。ほんとにばかだ。
フレッド ・・・・。
ウィル こんなはした金じゃ、なんにもできやしないじゃないか!
フレッド、すでに事切れている。
泣き崩れるウィル。
レインは空を見上げている。
この大団円の、レインの台詞が秀逸だと思った。レイン演じる東奈津子の抑制の効いた台詞回しは見事で、客席の高校生たちは目頭を押さえると同時にさらに深い感銘へと向う。
レイン フレッドの亡き骸をいつもの丘の上で燃やした。
彼の体から立ちのぼった白い煙は、青い空にゆっくりと溶けていくように消えてい った。いつかアーヴィングが言った。人間の体の半分以上は水でできている。
燃やされて蒸発し、空にのぼった彼の体は、いつか雲となり、空を流れるのだろう ・・・。
空は何事もなかったように、青く澄みわたり、白い雲はただ、ゆっくりと流れている 。
レイン 雨を降らそう!・・・・雨を降らそう。君の体を少しずつ・・・少しずつ、
地球に帰してやるために。
レインはこの時、初めて「雨の降らす仕事」の意味を悟る。
そして、最後のシーン、兄を失った、目の見えない妹リジーの台詞が体の隅々にまでしみわたる。
エレン 鬱陶しい雨だね・・・・。これじゃ商売になりゃしない。
リジー エレンさん、雨は嫌い?
間。
リジー 私・・・雨は好き。・・・雨は・・・音でわかるから。
外を見つめるリジー。
音楽。
雨は降り続いている。
溶暗。
▼ 味わい深い劇だと思った。70年代の演劇のように思わせぶりでもなく過剰でもない。シンプルで、バランスよく一般人の心に無理なく入ってくる。そしてなにより、その生命感がいい。
地球の諸々の生命が生と死を繰り返しながら大地から空へそして大地へと巡っている。その循環が地球という一つの大きな生命体を生かしている、という科学的にも実証されている生命感を無理なく伝えている。そこに一番のリアリテイがあり、新鮮さがある。さらにそれを十代の若者たちが生き生きと演じているのが清々しかった。
▼ 帰宅して、この戯曲「イン・ザ・スカイ」について調べた。
原作者は後藤雄一氏、1972年生まれの31歳。 滋賀県出身で京都市立芸術大学入学直後、芸大ミュ−ジカルグル−プ(GMG)に参加。その後、3回生の時に学内で旗揚げされた劇団トランプスカンパニーに役者として参加し、同大学卒業後、2年のブランクを経た後、同じ大学のOBらと共に劇団旗揚げを画策する。1998年2月、京都にてはいてっくくねくね旗揚げ。以来、主に脚本・演出を担当。現在、はいてっくくねくね主宰として、脚本、演出、宣伝美術を担当。「イン・ザ・スカイ」は2001年に初演された。
▼未来に向ってキラ星のごとく耀く無数の才能に出会った休日であった。
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