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      イラクと米泥棒       10月10日

▼ タクシーに乗る。「まだ仕事をはじめて間がありません。不慣れでご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。」感じのいい初老のドライバーが迎えてくれた。アクセントの様子から東北出身ではなかろうか。

▼ニュースが始まる時間だった。ラジオのスイッチを入れてくれるよう頼んだ。飛び込んできたのはまた、イラクでの自爆テロのニュースだ。      「9日午前9時(日本時間同日午後3時)ごろ、バグダッド東部のサドルシティー(旧サダムシティー)で、警察署に白い乗用車が警察官の制止を振り切って突っ込んだ。運転手は即死。この爆発で警察官3人、民間人5人が死亡した。」 
 自爆テロは日常化し、イラク情勢は泥沼から抜け出せない。それでもブッシュ大統領は方針を変える様子はない。
▼イラク復興問題の根っこを大掴みに手繰っていくと、世界中に生存するコンビニエンス・ボーイたちの想像力のなさにいきつく。マクドナルドのマニュアルに代表される社会はほしいものはなんでもすぐに手に入る。消費される商品は単なるモノ、記号でしかない。その商品の成り立ちに思いを託すこともなく人々は口に入れる。日本での「いただきます。」という言葉は食卓に並ぶまでの生きとし生けるもののそれぞれの生き様に思いを馳せ、その犠牲の上に自分の生があることへの実感から生まれた言葉だが、もはや言葉すら消えようとしている。どんなことにも簡単さ、単純さ、一瞬にしてわかることが要求される。すぐにはわからいこともあるのにわかりやすさをすぐに求められ、即解決を迫られる。
▼そしてコンビニエントな感覚の最たるものが、アメリカが要求する民主化ではないだろうか。与えればすぐに受け入れられる。そこには現地の民衆の個々の人生に対する想像力が欠如している。自分たちは最善で、変わらなければならないのは彼らだ。我々は彼らに自由を与えている、という高みに立つ思い込み。それはかつて満州で日本陸軍が思い上がり、中国民衆の民族主義の高まりを真摯に受け止める想像力を持てなかったのにも似ている。ほしいものはなんでもすぐに手に入る社会で育ったコンビニエンス・ボーイ達が失ったものは、相手のことを思いやる想像力だ。イラクの混乱は10年くらいつづくのではないか。

▼「民主主義は与えられるもものではない。そこに住む一人一人の民衆が奪い取るものだ。与えられた民主主義は必ずほころびがくる。・・・」
そんなことをぼんやり思っていたら、日本国内のこんなニュースが耳に入った。 
 <9日午前9時ごろ、滋賀県近江八幡市浅小井町の米穀商篠原喜治さん(34)から「稲が無断で刈り取られている」と近江八幡署に届け出があった。同署は新手のコメ窃盗事件として捜査を始めた。
 篠原さんは8日午後零時半ごろ、同市牧町で借りて耕作している水田、約20アールのうち約15アールに植えていた「ヒノヒカリ」が刈られているのに気付いた。コンバインで刈ったとみられる。前回、9月20日に見回ったときは異常なかったという。盗まれたコメは約840キロ(22万円相当)になるという。>
  サクランボ・ドロボーに始まって、農作物泥棒が各地を荒らしている。米が盗まれる事件も相次いでいるが、いずれも倉庫にあった備蓄米をねらったものだった。田んぼに実る稲を勝手に刈る、という暴挙は今回が初めてではないか。とんでもない事件だと思う。
▼日本人は米には深い思いがある。山から何年にもわたって清水を引き、細かく水路を張り巡らし土をつくる。 春、水路の堰を開き田んぼに山水を送り込み田植えをする。田植えが終わるとそれぞれの家でご先祖様を田の神様として、豊穣を祈りお供えをする。6月には集落総出で水路の掃除をする。7月、山に参拝し夏、コメの花が咲く頃、今年も無事、水が来ますようにとお祈りをする。そして、コメの花が咲く時、田んぼに水が回るように堰を開ける。コメの花が咲くのはわずか10分程だが、この開花のためにエネルギーを使い稲の温度があがる。それを水で冷やしてやる。米の花が咲く時、田んぼに水がないと米の味が落ち、収穫量にも影響を与える。次々と一瞬の米の花が開く一週間余り、いかに田んぼに水を送るかが勝負になる。そして秋の収穫、人々は収穫を祝い獲れた米を田の神様にお供えして次の年の豊穣を祈願する・・・・これは東北地方島海山の懐で米をつくる人々が今も守っている暮らしだ。

▼勝手にやってきて稲を刈っていったドロボーには、田と数珠のようにつながった、耕す人々の暮らしへ思いを馳せる力がまったくない。目の前にある稲穂はコメというモノでしかかく、その実りへの感謝の念とここまで今年もたどり着いた自負の念、それが次に生きることへの大きな
原動力となっているという稀有壮大な物語に思いを馳せる能力が欠如している。お手軽でコンビニエントな社会がここまで人々から想像力を奪ってしまったのだ。犯人が農業の心得がある者だとしたら、なおさら心の荒廃は深刻だ。

▼勝手に稲刈りをされた篠原さんのコメント 「今週末にも稲刈りをする予定だった。土づくりから
一年以上、丹精込めて作った。まさか稲穂を盗むなんて・・・・」

▼ 前の運転席から一言、声が聞こえる。「ドロボーより質(たち)が悪いなあ。」
ひょっとしたら、この初老のタクシー・ドライバーは農村出身なのかもしれない。一瞬、話しかけようかと思ったがやめといた。それができない重い空気があった。

                          2003年10月10日
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