早い春       2月23

カンザクラ
(寒桜)/
カンヒザクラとヤマザクラ系の
桜の雑種。花の色は淡紅色で
花弁は5枚の一重。
葉の若芽は開花と同時に展開する。
東京では2月の中旬に開花する。

花言葉は、
艶やかな
美人。



▼新宿御苑の寒桜。今年は例年より一週間以上早く満開である。この暖かい2月の気候が本格的な春にどんな影響を与えるのだろうか。

▼冬の厳しい寒さから脱して春に向う気配の楽しさを、科学的にそして詩的に生き生きと表現した寺田寅彦の「春六題」という随筆が好きだ。

「日本の春は太平洋から来る。
ある日二階の縁側に立って南から西の空に浮かぶ雲を眺めていた。上層の風は西から東へ流れているらしく、それが地形の影響を受けて上方に吹き上がるところには雲ができてそこに固定しへばりついているらしかった。磁石とコンパスでこれ等の雲のたいはんの方角と高度を測って、そして雲の高さを仮定して算出したその位置を地図の上に当たって見ると、西は甲武信嶽から富士箱根や伊豆の連山の上にかかった雲を一つ一つ指摘することができた。箱根の峠を越した後再び丹沢山大山の影響で吹き上がる風は鼠色の厚みのある雲を醸してそれが旗のように斜めにたなびいていた。南の方には相模半島から房総半島の山々の影響もそれと認められるように思った。
▼高層の風が空中に描き出した関東の地形図を裏から見上げるのは不思議な見物であった。その雲の国に徂徠しる天人の生活を夢想しながら、なお遥かな南の地平線を眺めた時に私の眼は予期しなかった或るものにぶつかった。
▼それは遥かな遥かな太平洋の上にはっている積雲の堤であった。典型的なもくもくと盛り上がった円い頭を並べて隙間もなく並び立っていた。都会の上に拡がる濁った空気を透かして見るのでそれが妙な赤茶けた温かい色をしていた。それはもうどうしても冬の雲ではなくて、春から夏の空を飾るべきものであった。
▼庭の日かげはいまだ霜柱に閉じられて、隣の栗の樹の梢には灰色の寒い風が揺れているのに南の沖の彼方からはもう桃色の春の雲がこっそり頭を出してのぞいているのであった。
▼こんな事を初めて気付いて驚いている私の鼻の先に突き出た楓の小枝の一つ一つの尖端には、ルビーやガーネットのように耀く新芽がもう大分芽らしい形をしてふくらんで居た。」(寺田寅彦「春六題」)

▼ 寺田寅彦のこの文章のもとになったのは大正十年のニ月二十三日の日記である。あれから丁度83年後の今年、春はさらに早く訪れたようだ。
                              ※参考 太田文平「寺田寅彦」(新潮社)

                      2004年2月23日