<最終更新日時:

          通勤途上    3月17



















▼ 通勤途上、職場の近くの公園のあのハクモクレンの樹が、白く羽ばたくように朝日に映えていた。メインストリートをはずれて、樹の下にちかづく。ああ、このまましばらくいよう。再び、メインストリートに戻って早足で社屋をめざす気力が萎えた。カバンの奥からカメラを出した。まず、望遠レンズで樹の全体をおさめようとした時、画面に中年一人、右手に持った携帯電話をその白いモクレンの花園に真っ直ぐ差し出して、じっとしている。その姿、なにか神聖なものに忠誠を誓う兵士のようだ。
近付いた。「おはようございます。」 その中年に声をかけられた。後輩のK君だった。ちょっと気恥ずかしそうだった。こちらも通勤カバンにカメラを持つ井手達はあまりみられたくない。不機嫌に頭を下げた。その後、私のことは気にしないよう、しばらくハクモクレンと遊んだK君は携帯電話を静かにしまって、頭を下げて、社屋とは反対の駅のほうに向って去っていく。
▼ああ、そうか、彼は泊まりだったのか。あのコンクリートの中、時間に追われた徹夜の激務を終えた泊まり明け、人工光の世界から鮮やかな陽光の世界に戻り、思わずこのハクモクレンに引き寄せられたのだ。そのK君の心の神聖を思う。携帯電話をハクモクレンの踊る宙に差し伸べる姿、あれは一仕事終わった男の充足感だったのか。

▼私も怖気づかずに働きにいこう。一枚、撮っただけで、カメラをカバンの奥にしまって、再び、メインストリートに戻ることにした。

                      2004年3月17日