ワシントンのサルスベリ         7月10日

サルスベリ(百日紅)/ミソハギ科サルスベリ属の落葉低木。原産は中国南部。日本には江戸時代に渡来した。一年以上たった幹の表面はすべすべして滑らか。猿の滑り落ちるというところからこの名がついた。
 夏、6弁の紅花が円錐に咲く。花弁にはちりめんジワがあり、果実は球状になる。花は朝開いて夕方には落ちる一日花だが、つぎつぎにr蕾をつけて途絶えることなく咲き続ける。夏の間、百日にわたり花が咲くので百日紅ともいう。花言葉は雄弁、愛敬。


▼出張で14年ぶりにワシントンを訪ねた。街にはサルスベリの紅い花が咲き誇っていた。中国原産のこの樹木がワシントンに植えられたのはいつのことなのか。学名Lagerstroemiaは18世紀の植物学者リンネの友人Lagerstroem さんからとったものだというから、独立当時にいち早く持ち込まれたのかもしれない。独立に燃える当時の人々にはこの情熱の赤がピッタリとしたにちがいない。
▼空港から市内へ運んでくれたドライバーは韓(ハン)と名乗った。「ワシントンは初めてですか?」「2度目です。14年ぶりに来ました。」「14年。随分昔だ。」 そう言うハンさんはワシントンに移り住んでもう50年になる。朝鮮戦争の始まる年、平壌から南へ下った。1953年、朝鮮戦争の終わった年には米軍とともに佐世保に入った。ちなみにこの年に私は生まれた。ハンさんは19歳、その後、米国に移り住み、ベトナム戦争では民間企業の社員として現地に渡った。その後はワシントンで暮らしている。
▼14年前に比べて街は変わったか、と逆にハンさんに聞かれた。街の様子は余り変わったようには見えない。しかし、日米の関係は随分と変わったように思う。14年前の日本は過剰な自信の中にあった。アメリカに押し寄せるジャパンマネーは毎年500億ドル〜600億ドル、およそ9兆円にも上っていた。日本がアメリカを買い占めてしまう、日本の巨額な投資にアメリカ人はいらだち、不快感を露わにしていた。その象徴が1989年の秋におこなわれた日本企業による二つのアメリカ企業の買収であった。ソニーがコロンビア映画を買収し、それと同時に三菱地所がロックフエラーセンターの株主の51%を取得したのだ。さすがにアメリカのメディアはいっせいに特集を組みこう論調した。「アメリカの国家の象徴、アメリカ人の心を日本が買った」「アメリカに輸出して稼いだカネでアメリカの心まで買うのか」・・・アメリカ人は戦後最悪の反日感情の中にいた。
▼金満国家日本の暴走の渦中アメリカ大統領に就任したのはブッシュ、現在のブッシュ大統領の父親である。ブッシュ政権は、日本政府の庇護を受け膨張する日本企業の護送船団方式を真っ向から批判した。暴走する日本企業の根っこには日本社会の構造問題がある、ブッシュ政権はアメリカ通商代表部(USTR)の代表カーリー・ヒルズ女史を先頭に日本構造改革に乗り出した。おせっかいな話であるが確かにその頃の日本は異常なほどの既得権にまみれひたすら膨張することで欲望のエネルギーを持続しようとしていた。
▼1989年9月に始まった日米構造協議(SII)はブッシュ政権が編み出した苦肉の産物だった。ブッシュ政権としては国内の険悪な対日感情を抑える一方でアメリカの雰囲気を日本側に正確に伝えて思い切った対応策を引き出さなければならなかった。この構造協議の中でアメリカは日本に「異様な系列」「排他的な商慣行」「歪んだ土地利用」の改革を迫った。このアメリカ通商代表部対日本官僚の激論をつぶさに記録した日米構造協議の議事録メモを関係者から手に入れ特集番組をつくろうと思った。提案はすぐに通ったが議事録が手に入る目処は全くなかった。日本にとっては内政干渉とも受け取られかねない会議の議事録は日本では手に入りにくい。アメリカ側からならなんとかなるかもしれない、とワシントンに入った。
▼1990年の春,、ワシントンでは明治のはじめ日本から贈られた桜が咲き誇っていた。それがなんとも皮肉な風景に見えたものだ。さっそく、ホワイトハウスに隣接する官庁街にあるアメリカ通商代表部(USTR)通いを始めた。通商代表部には「拝啓ヒルズ通商代表部様」との書きだしで日本市場に参入できない全米各地の企業からの陳情書が殺到し、そこは日米貿易の駆け込み寺になっていた。通商代表部の二階、ヒルズ代表の執務室に続く会議室に飾られた一枚の大きなパネル写真は忘れられない。政権誕生時にブッシュ大統領がヒルズ代表と撮った2ショット写真である。美しい笑顔のヒルズ女史は長さ50センチもある釘抜きを持ってこじ開けるようなポーズをとっている。日本の閉ざされた市場をなんとかこじ開けたいというブッシュ政権の意気込みが異様に感じられる写真だった。

▼それから14年、ブッシュ政権が示した日本社会の構造改革の青写真は、小泉政権の手で忠実に実行されている。父の示した道筋を誠実に歩む小泉政権の姿は息子・ブッシュにとってどんなに心地よいことだろう。今あらためて構造協議でアメリカが日本に突きつけた文言を読み直してみると、そのグローバルスタンダードと呼ばれるものはアメリカンスタンダードにすぎず、あまりに盲目的にそれを受け入れることの危険性も見えてくるのだが・・・・。

▼サルスベリの紅い花満開のワシントンの街は、秋の大統領選に向けせわしく動いている。無党派層が消え、人々はイラク戦争支持のブッシュ派と反対のケリー派にはっきりと分断されている。その勢力はまったくの互角だという。ドライバーのハンさんに聞いてみた。「どちらを支持しますか?」「ブッシュです。私はマイノリティーですが、ブッシュを支持しています。」

                      2004年7月10日