親切ごかし       9月29

ベコニア/シュウカイドウ科シュウカイドウ属の多年草。オーストラリアを除く全世界の熱帯から亜熱帯にかけて広く分布している。原種は2000種類ほどあり、その多くは1500メートル〜3000メートルの高地で、7〜30度の温和な環境に生える。ベゴニアという名前は、フランス領カナダ総督などを歴任したフランス人植物学者 ミシェル・べゴン(1638-1710)にちなんでつけられた。1694年メキシコで発見されたのが最初。
葉が歪んでいて中央の主脈を中心に2つ折りにしても重ならない左右非対称の葉が特徴。天使が翼を広げたような形をしているので エンゼルスウイング(天使の翼)の別名もついている。球根ベゴニアの他に木立ち性ベゴニア(矢竹型・叢生型・多肉茎型・つる性型)、四季咲きベゴニア、根茎性ベゴニア等がある。
花言葉は、愛の告白・片思い・ていねい・親切。 ベゴニア(赤)の花言葉は、片思い・公平。ベゴニア(白)の花言葉は、親切。
▼望みを懸けた放射線治療の日々、その渦中で父がおかしくなった、という知らせを受けて、慌てて郷里近くの病院を目指した。折しも大型台風がまた接近中で、飛び乗った航空機は故郷の上空に来て何度も着陸を試みたが、強風にあおられて再び上昇し待機を余儀なくされた。大きく揺れる機内で、今年の異常気象と父の容態が気味悪く共鳴しているような想念に襲われ、思わず吐き気を抑えた。
▼飛行場近くの大学付属病院の第二病棟の4階、放射線病棟の特別病室に父はいた。この個室には監視カメラが添えつけられていて、父が暴れ始めるとすぐに看護師がかけつけることになっていた。
▼「親に苦しい思いをさせたくないから、それ以上の治療を拒否した。」親をおくった友人や先輩たちのそうした声を無視して私は治療の可能性を探しつづけた。その私のエゴが、父を過酷な戦場に送り込んでしまったのではないか。
▼父が余命3ヶ月の宣告を受けた後、いくつかの情報を頼りにこの大学病院にたどり着いた。どこかに必ず解決への抜け道はあすはずである。人間の英知はそんなに薄っぺらで柔いものではないはずだ。そんな空回りする思いを受け止めてくれる医師に出会った。まだ若い病棟長のF医師に出会った時、私も父も母もその人柄に一瞬のうちに魅せられた。「なんでもやってみましょう。」とクリクリとした眼を向けて明るく微笑んでくれるその陽性の人柄は、父の腹部にある病巣をもささいなことのように楽観させてくれた。父はF医師の指揮によるRDF治療を受け、その後放射線治療へと向かった。
▼放射線治療が効果をあげてくるにつれ私には思い上がりがあった。F医師は、カテーテルを右足の付け根の血管から挿入し病巣の毛細血管に直接、薬をおくる処置を、放射線治療と平行して行うことを提案した。そのあくまでも前向きに病と向かう姿勢に打たれ同意した。直接、薬を送り込むことができれば、効果100倍にちがいないと思った。しかし、この時、家族の一員である私は父の精神状態に注意を向けなければならなかった。孤独な病室での戦いの中で、気の弱い父の心の許容量は限界点に達していた。
▼カテーテルの挿入処置の終わった夜、父は混乱状態に陥り、体につけられた管を引きちぎり、ベッドから落ちた。この混乱の渦中に、細菌が体内に侵入したらしい。カテーテル処置の際の院内感染ではないかと疑いもしたが、今も続く父の混乱を目の当たりにして、細菌侵入を医療現場の責任にすべてを還元することはあまりにも身勝手な患者側の奢りだと思った。
▼細菌の侵入で、父の体は痛々しく浮腫んでいた。今の父は「せん妄」状態にあるのだと医師は言った。睡眠と覚醒のリズムが乱れ、夜中に目が覚めた父は妄想にとらわれ幻覚におびえる。もし、治療もほどほどにして、父の不安定を受け入れ自宅に引き取っていれば・・・しかし、もう後には引けない。ちょっとした息子の無責任な奢りが、父を過酷な戦場へと放り投げてしまった。
▼吉本隆明の言葉がどうしても頭を過ぎる・・・"人はその生涯を終える直前、生涯を賭けた最大の戦いをしなければならない、しかもその生涯を賭けた戦いは自分が勝つ見込みはまったくなく必ず負ける戦いである。それでも人はその戦いに挑まなければならない”・・・

▼夜中、目が冴えて暴れる父と向かい合おうと思った。妻がいみじくも指摘したように私のすることは常に偽善なのかもしれない。どこかにエゴがあるのに見えすいたきれい事を言う“親切ごかし”が私の本性なのかれない。その餌食になって、父の肉体が今、苦痛と不安の中でのたうち回っている。息子の身勝手なエゴに晒された父にどうわびればいいのだろうか。
▼闇の病室で父は訳のわからないことをとめどなく口走りつづけた。そして、一瞬の沈黙のあと、闇の奥で、父はふと、こう言った。
「ありがとう。この歳になってわしはほんとに勉強している。」
 私もこの歳になって、父との時間の中で、ほんとうに勉強している。

母も泊まり込みで父の看病を続けている。家人の居なくなった実家の庭の片隅には赤白のベコニアが咲き続けている。手入れもしてくれない気まぐれな主人を持っても、長い時期、庭を華やかに彩るベコニアの花園、花言葉は「親切」

                      2004年9月29日