パニック     2月27

▼確かに朝5時半に目覚ましをかけておいたのだが、気がつかなかった。目が覚めたのは朝7時、あわてて、家を飛び出した。地下鉄の駅前まで来て、一番肝心な「電卓」を忘れてきたことに気がつき、再び家に戻る。休日の朝、ドタバタ慌てふためいて布団の上をまたぐ夫に呆れ果て、妻は大きな溜息とともに布団をかぶった。遅刻するかもしれない。時間がない。とたんに腹が痛くなりトイレに飛び込む。いい歳して、一体、お前は何をしているんだ!!
▼一ヶ月前から、突然、会計学の本を引っ張り出し、簿記の勉強を始めた。会社が危機にあるから?中間管理職の居場所がなくなっているから?いろいろ、勘ぐれば理由はあげられるが、半ば、発作的に「貸方=借方、貸方−借方=0」という世界に飛び込みたくなったというのが自分の性向から見て正確な動機だろう。30年前の簿記の本を広げた次の日、これも発作的に簿記検定試験の申し込みをしていた。
▼酒を飲んで帰宅した夜、簿記の勉強をするのは心地よかった。19歳、家業を継ぐために入った商学部で簿記の講義を受けはじめた時、「これは全く自分には合わない。」とすぐに投げ出してしまった。何もかも割り切れる世界に自分が全くの不向きだということを強く自覚した。結局、商学部なのに社会学や文学の講義ばかりを受けて過ごした。多くの友人が金融機関や商社を目指す中で、実学にたいして今ひとつ踏ん切れず、家業を継ぐという気力もまったく萎え果て、数字で割り切れない世界に飛び込みたいと思ってばかりいた。
▼30年後の今、こうして実学に触手が伸びるのは、かつて投げだしてしまった「経済活動の新陳代謝の原則」の重要さがようやくわかるようになったからかもしれない。それを身につけず、妙に世渡りだけがうまくなった自分の堕落をリセットしたいからかもしれない・・・・そんなことはどうでもいい、とにかくこの一ヶ月は電卓をはじいて簿記の基本を学ぶわずかな時間は充実していた。
▼ところが試験の一週間前、はじめて過去の試験問題に向かい合い唖然としてしまった。これまで学んでいたものをすっかり忘れている。実に馬鹿げた計算間違いとケアレスミスを繰り返す・・・・とても合格ラインには届かない。
▼ひさしぶりにあせった。あわてて試験対策に向かったが、かつての集中力もない。すぐに眼がショボショボしてくる。電卓の使い方も要領を得ず時間がかかって仕方ない、気持ちだけはどんどんあせってしまう。結局、準備も不充分なまま試験当日を迎えてしまった。
▼試験会場はお茶の水だった。この町には思い出がある。30年以上前上京し、一年間、この町の予備校に通った。久しぶりに駅に降りて会場の大学を目指した。近くにくると若者達の列が続いていた。しかも女性が多かった。迂闊にも初めて気がついた。受験者の中で、50歳を越えた自分がいかに異質な存在であるかを。
▼試験問題を解くにはやはり時間がかかった。無器用な手でたたく電卓音は、まわりから響いてくるリズムに遙かにおよばない。新幹線が疾走する横を、エンヤコラ走る、自分は機関車ヤエモンだ。試験時間は2時間、その半分を経過した時点で、自信満々さっそうと退席する若い女性がいた。思わずあこがれてしまった。
▼試験終了前、ようやく試算表ができあがった。出来上がった数字の羅列を見直したとき、唖然とした。「合算試算」思いこんで計算していたのだが、求められていたのは「残高試算」だった。まずい!背筋がぞーっとした。あわてて消しゴムで紙の上の数字群を消し飛ばした。その無様なパニックの中で電卓をむやみやたらに強打する音が試験の終わりを待つ静寂の会場に響いた。そして、終了・・・・。
▼挫折感とともに、お茶の水の雑踏を歩いた。この心模様は浪人だった30年前と同じだと思った。ふと、思い出した。「カロリー定食」。「そうだ、あの定食屋に行って“カロリー定食”を食べて帰ろう。」 

                      2005年2月27日