旅の宿       2005年5月4日

 カキツバタ(杜若・燕子花)/アヤメ科アヤメ属。植物学者の牧野富三郎博士によれば、カキツバタとは「書き附け花」から転じたもの。「書き附け」とはこすりつけることで、この花の汁を布にこすりつけて染める昔の行事に由来する。アヤメ属共通の特徴は花被片は6個、外側の3個が大きい。裂片は平たく、花弁のように広がる。
カキツバタはアヤメの仲間ではもっとも水湿を好み、水辺に群生することが多い。かきつばた(紫)の花言葉は、幸運。

▼伊勢物語より・・・・・
「 むかし、をとこありけり。そのをとこ、身をえうなき物に思ひなして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとて行きにけり。もとより友とする人ひとりふたりしていきにけり。道知れる人もなくて、まどひいきけり。三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つわたせるによりてなむ八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りいて、乾飯(かれいい)食いにけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上にすえて、旅の心をよめ」といひければ、よめる。
   ら衣 
      つつなれにし 
     つ
ましあれば 
     は
るばるきぬる 
  旅(び)をしぞ思ふ
 とよめりければ、皆人、乾飯のうへに涙おとしてほとびにけり 」

▼歌の作者、在原業平は平安前期の六歌仙の一人。高貴な家柄出身だったが、藤原一門の官僚社会の中では浮いた存在で、はみ出し者として疎んじられた。この歌は、東国流浪の旅の中、都に残してきた妻を思い歌われたもの。美しい唐衣を着た妻と都で仲睦まじく過ごした日々に想いを巡らしこうして放浪する身を嘆く歌だ。

▼ その、かきつばたの中心に小さなバッタがとまってさっきから動かない。長い旅路の中、つかの間の休息を取るその小虫の佇まい。そのスポットは身を横たえるには丁度いい旅の宿なのか・・・・・川面を走るかすかな風が心地よい。こちらもしばらくじっとしていよう。
 
 わべにて
 えてはうまれるさざ波に
 られて休む
 ったと我の
 びの宿                     

                      2005年5月4日