二子の花 2005年5月31日
アマドコロ(甘野老)/ユリ科アマドコロ。山野の草地などに生える高さ30〜60センチの多年草。茎には稜があり、上半は弓状に曲がる。葉の付け根に白い筒状の二子の花が整然と並ぶ。花は長さ2センチくらい、先の方は緑色になっている。秋には黒紫色の実がなる。黄白色の太い根茎が甘くて食用になる。
花言葉は「元気を出して!」
▼ その時、病院には"涙雨"が降り注いだと新聞は伝えた。
涙雨が打ちつける窓の中の病室では、たった今まで、壮絶な闘いがあった。それはまるで、俵際に追い込まれながらも驚異的な粘り腰でもちこたえ続けた、あの土俵の姿が蘇ったかのようだった。国技館の誰もがその悲壮感溢れる苦闘を目の当たりにしながら、この男はまた華麗な逆転劇を一瞬のうちに見せてくれるにちがいない、と信じた。今、ここには国技館の喚声はない。だから、その静寂な激闘を、そばでじっと二人の息子に見届けてほしい。
▼大関在位 50場所、いまだ破られていない歴代1位の記録。その歳月の中で父が優勝の美酒に酔ったのはたった二度だった。いや、永遠の大関・貴ノ花にとって、優勝は二度で十分だったのだ。一つは無器用な長男のため、もう一つはやんちゃで甘えん坊の次男のために捧げられた。
▼父を看取った兄弟のために、酒を用意しよう。もちろん弘前の大吟醸「豊盃」、寒仕込みらしい繊細な味。窓を開けよう。野の茂みの中でアマドコロの小さな二子の花を打ち振るわせている、風を少しだけもらおう。
「さあ、お前達と一緒に飲もう。」
兄弟力士とその前に横たわる大関の肢体に、天国からの"もらい風"が吹き寄せた。
兄:長い勝負が終わった。弟:ああ。
兄:親父の勝負はいつも
長い。 弟:ああ。
無理ばかりだった。
弟:兄貴が生まれた時も
親父は長い勝負を終え たばかりだった。
兄:ああ、
1971年、昭和46年の 初場所・・・・。
弟:5日目だ。
小結・貴ノ花は横綱・
大鵬に挑んだ。
いきなり、細い体で巨体の横綱と四つに組んだから驚きだ。
兄:無謀だ。でも、それが親父だ。 逃げなかった。
弟:しかも、その巨体をつり上げようとした。
兄:無謀だ。二人の体重あわせて300キロ以上が、親父の左足に凝集した。
「あびせ倒し」だった・・・・痛かったと思う。あの時、無理をしなければ、と今でも思う。 その時の左足関節挫傷にそれからずーっと苦しんだ。あれがなければ、横綱になって いたかもしれない。
弟:でも、あれが親父だ。怪我に何度ないても、正面から相手に向かい続けた。左足をか ばうこともなかった。
弟は兄の盃に「豊盃」をなみなみとついだ。
弟:その一生の傷を負った時、兄貴が生まれたんだ。1971年1月20日。
兄:ああ。前の日、親父は初場所の出場を断念し、休場を発表している。
弟:傷を負った左足をひきづりながら親父は病院へ行ったんだね。
兄貴と初めて対面した時、「やっぱり、俺は横綱になりたい。」と思ったにちがいない。 親父は兄貴に後押しされて再び土俵に向かったのだと思う。
兄:俺も親父の役に立ったのかな。 ありがとう。飲めよ。
兄:一番すごい勝負、
どれをあげる?
弟:それは、1972年、昭和47年 の秋場所、輪島さんとの対戦
だ。
兄:やっぱり、そうだね。
当時の実況より:::
「 輪島!上手、右から絞る、おっと貴ノ花、巻き返した。輪島、下手投げ、左四つ、貴、こらえる、残す、これは大相撲だ、汗が目にっ入る、輪島、下手投げ、なんと残った貴乃花しぶとい!釣り合いだ!!桟敷が揺れる、若い力が結集している!、おー、貴乃花の寄り、貴乃花のつりより・・・・、行事待った、今度は水が入った。これには皇太子ご一家も大喜び、国技館が揺れている。さあ、輪島もろ、貴ふんばる外掛けだ、おっと輪島巻き返しに成功、最後の最後の土壇場で輪島、貴ノ花に打ち勝った。なんとすごい、
すごい大相撲だ!」
弟:この秋場所が終わって、
貴ノ花と輪島はそろって大関
に昇進した。親父の全盛時代
が始まったんだ。
兄:この時、親父の背中を押した
のはお前だと思う。お前はこの年の8月12日に生まれた。 うれしかったんだ。親父はお前の誕生に新たな精気をもらった。そして俺たちは駆け上る親父のオーラの中からこの世に押し出されたんだ。
弟: 兄貴と、俺、お袋・・・・親父は傷だらけになりながら家族のために闘い、親父は僕た ちから精気をもらった・・・・。
今夜くらい、そんな感傷を引きとってもいいだろう。 兄貴、もう一杯。
兄:なあ、貴乃花。俺たちの中で、 大関・貴ノ花はいつまでも生き て行くんだと思う。俺たちは力 士としての親方と共に生きてい こう。
1月、大関貴ノ浪の断髪式に、 親方は俺たちの反対を押し切 って病床から駆け付けただろ。 足元がおぼつかなかったのに 毅然(きぜん)としてはさみを入 れ、しっかりと責任を果たした。 これを見たときから思っている んだけど、親父の葬儀の喪主 は力士としての親方を継いだ お前にやってほしい。
弟:気を遣ってくれて感謝するよ。しかしなあ兄貴、大関・貴ノ花は俺たちの親父だよ。もう、気を張ることもないじゃないか、俺たちも弟子入りする前の家族に戻ろう。親方を俺たちだけの親父に戻してやろう。だから、明日は家族の長男として兄貴が喪主をやってくれ。その方が親父も安らぐと思う。
兄:わかった。ありがとう。
遺体はそっと耳を澄まして聞いている。この世の最後の音を、風の音ともに漂う何かを耳をすまして聞いている。闇の中から届く、我が子たちが奏でる言葉の波長に最後の化学反応を尽くしながら、父は聞いている。そして、「それでいい。それでいい。」といいながら風に乗って微笑んでいるんだ。だから、あれほど苦痛に歪んだ顔面が静かに潮が引くように穏やかにゆるんでいった。
▼平成の二人の横綱に贈る花を色々、探した。結局、人知れず咲く野の花にした。細い茎から枝分かれし咲く二子の小さな花。その花言葉が
「元気を出して!」だと知った。
私たちフアンにとってかけがえのない二人の力士に どうか素敵な人生を全うしてほしい。応援している。
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