黒い天使
               2005年9月1日   

突抜忍冬(つきぬきにんどう) Lonicerasempervirens

スイカズラ科スイカズラ属
北米原産。花に近い部分の葉のもとの部分がくっついているために、花が葉を突き抜けて咲いているように見えるところから名付けられた。花は開花直後は内側が黄赤色であるが、やがて内側も外側と同じ紅色になる。花言葉は、愛の絆・献身的な愛 (参考 花言葉 てぃんくの家)
▼もう30年もの前、浪人時代に池袋で観たハリウッド映画「五つの銅貨」は私のささやかな映画鑑賞の個人史の原点である。
 「この小さな銅貨は“望み” いつか叶う望み この小さな銅貨は“夢”すべてを満たす夢 この小さな銅貨は“踊る銅貨”キラキラ輝いて 口笛みたいに楽しくあざみのように明るく この小さな銅貨は”笑い” 涙なんかみせない  この小さな銅貨は最後の銅貨
なにより大切な銅貨 だってこの銅貨は“愛”・・・この五つの銅貨を手に入れたら本当の億万長者・・・」  一人上京した18才の田舎者にとって、この暖かく明るい映画に出会えたことは幸運であった。そして、この映画で遅ればせながら初めてルイ・アームストロングの底抜けの陽気に触れ、江戸川沿いの浪人寮の3畳一間で、いつも彼のトランペットに慰められながら机に向かっていた。先日、「真昼の決闘」を借りにいったレンタルビデオ屋でたまたま同じ棚に並ぶ「五つの銅貨」を見つけ、久しぶりの観賞となった。
▼「五つの銅貨」は1920年代のニューヨークを舞台に、名コルネット奏者のレッド・ニコルスの伝記を元にしている。ユタ州からニューヨークへルイ・アームストロング(サッチモ)にあこがれてやってきたニコルスをダニー・ケイが演じた。ルイ・アームストロングは本人が演じ、三度にわたって二人の競演があり、これが圧巻だ。ストーリーをくどくど書くのはやめるが、50才を過ぎて観ると、この映画にこめられた哀愁が骨髄にまで染みこんでくる。そしてやっぱり、ルイ・アームストロングの底知れぬ人間力の虜になってしまう。
▼話は飛ぶが、なぜ戦後、日本の市民は“敵国”アメリカをいとも簡単に受け入れたのか?つまらぬ問いだ、と一笑する人もいるだろうが、いまももやもやする私の中の疑問符なのだが、その一つの回答を40才過ぎて、広島の酒場で得たことがある。酒場のカウンターで隣に座った60才の男性が熱くデキシーランド・ジャズを歌いスイングを語った。彼は一族のほとんどを原爆で失った。一人疎開していた彼は戦後の極貧の中、岩国の基地で働いた。そこでジャズを知り、虜になった。「進駐軍が持ってきた民主主義より、それと一緒にやってきたジャズに私は参ってしまった。ジャズがあったから私はすっかりアメリカが好きになった。」 
▼ジャズの王様、ルイ・アームストロングは1900年7月4日、米国の独立記念日にジャズ発祥の地、ニューオリンズのスラム街に生まれたといわれている。ジャズの原点は黒人達の労働者の歌の中にある。西アフリカの黄金海岸や、教会や川を下る船の中で生まれた。サッチモも子供の頃から黒人達が貧しい暮らしの中から自然に沸き上がるジャズのビートにスイングしながら育った。10年程前、LAにあるバプチスト派の黒人教会の礼拝を見学したことがある。礼拝堂を揺さぶる、うねりのようなハーモニーと手拍子、足拍子、かけ声に圧倒された。この地の底から沸き上がるような民衆のエネルギーがジャズの原点だ。サッチモも子供の頃から日曜日になると黒人教会に通い、体全体を揺さぶり、底抜けの声をだした。この労働者のエネルギーの坩堝のような音楽が、戦後の焼け野原で呆然とたたずむ日本の市民に、進駐軍によって伝えられてきた。憔悴の日本に生き抜く希望を与えてくれたのは、上からの“民主主義”ではなく、おまけのように一緒にやってきたこの黒人達の労働歌ではなかったのか、広島の酒場で男性の話を聞きながら、そんな想念が沸き上がった。20世紀はアメリカの世紀と言われた。“民主主義の伝搬”を旗印に追随を許さない軍事大国となったアメリカを底辺で支えるづけたのは、黒人達の地からわき起こる民衆の陽性のパワーだ。その象徴が、“独立記念日に生まれた”と言われ底抜けの笑顔で演奏しつづけ世界中の市民を虜にしたルイ・アームストロングだと思う。かつて、植草甚一がサッチモのことを「黒い天使」と呼んだが、まさにその通りだと思う。彼らが奏で続けたジャズのスイングがなければ、20世紀のアメリカはとっくにやせ細っていたと思う。
▼サッチモの代表曲の一つは「聖者の行進」だろう。「五つの銅貨」の中でも、ダニー・ケイとの競演が圧巻だ。この行進曲は、仲間が亡くなった日、彼を送る葬送曲としてニューオリンズの黒人達が奏でたものだ。それぞれ自分の楽器を持ちだし、ストーリービルの通りに躍り出る。      そして「天国に召されてよかったじゃないか。これでこの世の苦しみは終わったぜ!」と踊り狂って行進を続ける・・・・・

そのニューオリンズがハリケーンの襲撃をうけ壊滅状態にあると、いう。心配だ。

                      2005年9月1日