リズム
2005年7月31日
▼早春の我が家のベランダ。朝、起きれもしないのに夫は6時にけたたましい目覚ましをかけている。それからしばらくして妻の目覚ましが鳴り響く。これで本格的に我が家の朝が始動する。洗濯機を回し朝食を用意し、洗濯物を干し、最後に玄関に居る「うさぎ」をベランダに運ぶのが句読点、バタンとドアが閉まり妻は会社に出勤していく。静寂が訪れる。ベランダに陽が射し込み、「うさぎ」は気持ちよさそうに身を丸めている。
▼次男が公園から「うさぎ」を拾ってきてからもう10年になる。自慢げに「うさぎ」を見せた次男だがしばらくして手ぶらで帰ってきた。「うさぎは?」「公園に置いてきた。」「置いてきた?」「・・・」「放っておいたら、死んでしまうよ。一度、縁ができたんだから飼うしかないじゃないか。」 次男は素直に従い再び「うさぎ」を探しに公園に行った。・・・・
▼口先ではもっともらしいことを言った夫だが、それから延々と続く「うさぎ」の世話はほとんどすることがなかった。その仕事は、妻に押しつけられた。規則正しく進む家事の流れの中に「うさぎ」の世話が加わった。気まぐれで自分勝手な夫はそのベルトコンベアーに乗ることもなく相変わらずのんべんだらりと過ごすばかりだった。
▼今年の夏、当時小学校4年生だった次男は大学生になっていた。その間、10年、「うさぎ」は昼間はベランダ、日が暮れると狭いリビングを通って玄関に運ばれそこで夜を過ごす規則正しい生活を続けた。飼育箱からでるのは掃除の時ぐらいだった。果敢な時は家中のものをかじってまわったが、最近ではそれもなくなった。ある日の夜、夫が酔っぱらって帰宅すると妻が風呂場で「うさぎ」を洗っていた。「どうした?」「おしりに虫が沸いている。」 肛門からはい出てくる虫を一匹一匹丁寧に取り除いていた。見ると、「うさぎ」の足はずいぶんと細くなっている。その老齢を夫は初めて自覚した。横で虫をとる作業を続ける妻はそうしたことをすべて含みおいて自分のできることを淡々と行っている。妻は刻むリズムの中で「うさぎ」とともにあり、そのリズムの中で当たり前のように介護をしている。
▼それから数日して「うさぎ」は逝った。帰宅すると「うさぎ」は小さなダンボール箱の中におさめられていた。妻はどこからか青い瑠璃菊の花をもってきて回りを敷き詰めた。夫は申し訳程度にベランダから赤詰草をむしり取りそこに添えた。よく「うさぎ」にかじり摂られたクローバだ。
▼区役所が引き取りにきた。そのダンボール箱を妻は淡々と渡した。その後、妻は表にでた。箱がエレベータで下に運ばれ軽トラックに乗せられて運び去られるのを、上から黙って見ていた。
▼次の日から、いつものように妻の規則正しい生活が始まる。朝、慌ただしく皆が出て行った後、ベランダにはいつものように飼育箱がそこにある。きれいに掃除された空っぽの箱に陽光がふりそそいでいる。まもなく、その箱も消えていくだろう。
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