肥満の秋
2005年10月2日
▼どうしようもない肥満である。無様な肉体が家にいるだけでも不愉快らしい。妻の不機嫌な顔にいたたまれなくなり公園に逃げる。少しだけ走って少しだけ早足で歩いたが、やっぱりすぐに飽きてしまい、所在なく草木の中をぶらりぶらりする。
▼先日、渋谷の人混みの中で、定年退職した先輩に偶然会った。数ヶ月前までは、大きな部署を束ねる責任者で、廊下ですれ違っても厳しい顔つきで、「おっ」と言うだけで忙しく通り過ぎていくだけだった先輩が、この時は実に愛想良く、柔和だった。まるで学生時代の友人のように話が弾んだ。
▼退職後、時間をもてあましている。そのことに一番、嫌な顔をするのが妻である。朝から所在なく家にいる自分が鬱陶しいらしい。それがわかるのでできるだけ、家の中でも顔を合わせないようにしている・・・・素直な先輩の話に異様に心動かされる自分が可笑しかった。そうした愚痴の一つ一つが痛いほどわかる年になった。
▼公園の中をゆっくりと放浪しながら、そんなことを思いだしている。妻の言うように、毎日、ランニングしてダイエットして、筋トレをして、背筋をピンと伸ばして、近所の人々と和気藹々、話を弾ませ、豪放磊落な余生を送れる男になれれば、私も堂々と家の中でその存在を主張できそうだが、そういう天性は持ち合わせていない。よって、この醜悪な肉体と陰険な性格というどうしようもない存在を抱えたまま、毎晩、家に帰るが、まるで教室で無視され続けられる子供のような居心地の悪さの中で、朝が来るのを待つ。ああ、こんなことでは定年後、どうすればいいのか。そんなこちらの心境を見事に感知して、あの日の先輩は自らの近況を親しげに話してくれたのだろう。「あすは我が身だよ。」
▼公園の中にある体育館に行く。何ヶ月ぶりだろうか。せめて、腹筋の運動だけでもしていこう。目的のトレーニングマシンの前に来た。70才くらいの男性がゆっくりゆっくりとマシンを使って運動している。回りがハイテンションでストイックなリズムで体を鍛えている中で、その男性のゆっくりとしたリズムが心地よい。しかし、いつまでたっても男性はマシンから離れなかった。2,3回腹筋をしてふーっと息を吐き出し、そのあとしばらく放心したように宙を見つめて、忘れた頃にまた義理のようにマシンを動かす。「ああ、この人も所在がないんだな。」と思う。このマシンは諦めて、体重計に乗る。針は残酷なまでに、かつて経験したことのない領域に突入したことを告げた。急に気分が落ち込んだ。とても、健全な精神でマシンに向かう心境ではなくなり、トレーニングルームを出た。
▼なぜ、こんなにも急激に太ったのだろうか。その訳を辿れば新宿・歌舞伎町の風景が浮かぶ。最近、同僚に連れられて、歌舞伎町東通りの奧の路地裏にある「上海小吃」という小さな中華料理屋の暖簾をくぐった。入った瞬間に、その雰囲気が自分の体質に見事に合致するのを感じた。こんなことは久しぶりだ。本来、私は何でも無造作に口に入れる悪食、雑食の豚である。余りにも味に無頓着なので、せっかくおいしい店を案内してくれた友人を何度もがっかりさせてきた。そんな無骨無愛想な男が、店に入った途端に興奮している。まず、気に入ったのが店の前の路地に飾られた大きな2つの中国人形、その色あせた感じと古い路地の風情が見事にマッチしまるで唐十郎の「赤テント」の舞台装置のようだ。下手から李礼仙が妖艶なオーラを発しながら登場しそうな路地を見ながらビールを1本、出てくる料理は上海、台湾のおいずれもシンプルな家庭料理だ。その味付けになんともいえないなつかしさを感じる。
▼私の祖母は料理の達人だった。祖父が商社に勤めていたためしばらく中国で過ごし料理の腕を磨いた。その味付けは娘達にそれぞれ伝承されており、母や叔母たちのつくる餃子の味はどの店のものよりも美味しいといまでも思う。あの素朴さはそう簡単に創造できない。祖母がつくったものでもうひとつ、忘れがたいのが「蒸しパン」である。そのシンプルで奥ゆかしい味の記憶の前に、その後、どんな「蒸しパン」も太刀打ちできなかった。ところが、その店、同僚に勧められて注文した「蒸しパン」が卓に運ばれてきた時、「ああ、これはあの“蒸しパン”だ。」とすぐに観念した。謙虚な甘さと押しつけがましくない風味、それがどの料理と食べ合わせても見事に調和してくれた。「上海小吃」の“蒸しパン”に私はすっかりはまってしまったのである。あの通りをまっすぐ、狭い路地を右に曲がって、大きな中国人形の前・・・・別役や唐の魔可不思議な世界に迷い込むようなわくわくする気持ち、迷宮の奧には黄金の“蒸しパン”が待っているのだ。学生時代、一緒に演劇をやっていた仲間をぜひ連れてきたい、そしてしみじみ“蒸しパン”をかじりたい。
▼ひさしぶりに、これぞという店に出会い、連日、通った。しばらくすると、店の様子や人間関係が見えるようになる。上海と台湾に別れ別れになった一族が東京に結集して店を出した。火鍋のだしは台湾から持ってきた。蒸しパンは毎夕、上海のおばあちゃんと台湾のおばあちゃんが二人で競うように作っているが、連日、注文が殺到し大いそがしだ。店を見回すと、一人でチビリチビリと蒸しパンを肴に紹興酒を飲むサラリーマンが結構いる。威勢のいい上海娘のメイドと口数の少ない陰気なサラリーマンの取り合わせがいい。仕事が終わって、彼らを駆り立てる郷愁がこの店にはある。さらに取材を重ねれば、“蒸しパン”の向こうにある色々なものが味わい深く見えてくる気がする。・・・・
▼・・・・なにをペラペラ書き連ねているのだろうか。衝撃的な肥満の現実に直面してもなお、こんな食い物のことを考えているなんてもはやホルモン分泌の異常が起こっているとしか考えられない。気を取り戻して、いまから減量だ。公園をウオーキングしよう。キンモクセイの香りをかぎながらやや歩幅を広げて早足にギアチェンジだ・・・しかし、・しばらく歩いて、ふと気になりだした。体育館前の売店のパン屋、あそこのメロンパンはうまい。まだやっているだろうか。そう思ってまた引き返す。これはもうどうしようもない意志薄弱だ。妻に愛想をつかれても致し方ない豚である。
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