献杯
         2006年2月19日  


                       わたしが一番きれいだったとき    茨木のりこ

         わたしが一番きれいだったとき
         街々はがらがら崩れていって
         とんでもないところから            
         青空なんかが見えたりした 


                                      わたしが一番きれいだったとき    
                            まわりの人達が沢山死んだ
                          工場で 海で 名もない島で
                            わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった


       わたしが一番きれいだったとき
       だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
       男たちは挙手の礼しか知らなくて
      きれいな眼差しだけを残し皆発っていった


      わたしが一番きれいだったとき
      わたしの頭はからっぽで
      わたしの心はかたくなで
      手足ばかりが栗色に光った
             

  わたしが一番きれいだったとき
  わたしの国は戦争で負けた
  そんな馬鹿なことってあるものか
  ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

                     わたしが一番きれいだったとき
                     ラジオからはジャズが溢れた
                     禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
                     わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

 わたしが一番きれいだったとき
 わたしはとてもふしあわせ
 わたしはとてもとんちんかん
 わたしはめっぽうさびしかった

    だから決めた できれば長生きすることに
    年とってから凄く美しい絵を描いた
    フランスのルオー爺さんのように
                       ね    

2006年2月19日