寒風の中から春を放つ花
         2006年3月13日

木瓜・放春花(ぼけ)
 バラ科ボケ属

高さ2mほどの落葉低木で、根元近くから分枝している。花は数個ずつ咲き、葉よりも先に開く。雄花と雌花がある。花は赤が多いが、白、淡紅、濃緋色などのほか八重咲き品もある。果実は黄熟し独特の香りがあり果実酒によい。ボケの仲間は少なく、中国と日本に三、四種類しかない。日本のものはクサボケといい、中国のものはカラボケ(唐木瓜)という。カラボケは中国中部に自生し、日本へは平安時代にすでに渡来していた。  花言葉は 妖精の輝き

▼ 「雪折れの木瓜そのままに花つけし  磊々」

寒く厳しい今年の冬が過ぎゆこうとしている。公園の枯れ枝が突然のように可憐な花群れを引き連れてきた。木瓜の花がいっせいに咲いている。いつもならまず梅がやってきて、次に桜がやってくるまでの間隙を縫うように木瓜の花が咲く。しかし、今年は寒さのために梅がなかなか、その堅いつぼみを打ち破ることはできなかった。その遅れた梅とほぼ一緒に、木瓜の花が咲いた。今年はまさに春を放つ花=放春花という名前にふさわしい登場だった。殺風景な冬枯れの公園に突如として登場した、うっすらと紅をさした白い花、その愛らしさに人は思わず「妖精の輝き」という花言葉を与えたのにちがいない。

▼放春花の下で、先ほどから、清楚な若い女性がすくっと静かに立っている。待ち合わせだろうか。もしそうだとしたら、今時、めずらしい。女性は、ただぽつんと立っている。時間を気にして、バッグから携帯電話を取り出して、「いま、どこ?」と相手に聞くのが最近の待ち合わせの風景だろう。携帯を片手に、受話器の向こうの相手と会話しながら、歩き出す、というのも普通の風景だろう。なのに、その女性はそんな仕草はいっさい見せず、ただぽつねんと佇んでいる。そうだよな、携帯電話がなかったつい最近まではこれが普通の待ち合わせの風景だった。携帯電話がでてきてから、そんな時間の吹き溜まりが次々と消えてしまった。後輩のS君は云う。「最近、身の回りから、物語がなくなっていく。」確かにその通りだと思う。彼女の声を聞きたくて、貯金箱をひっくり返し、十円玉をポケットいっぱいに押し込んで、公園の公衆電話に向かった寒い夜、電話口にお父さんがでてこないことをひたすら願いダイヤルを回したあの瞬間、下宿屋の靴箱の中に「しばらく待ちましたが、誕生日おめでとう。」そんなメモが添えられて置かれていた手編みのマフラー・・・・私の暮らしの中からそんなときめきに満ちた物語がすっかり消えてしまった。
▼放春花の撮影を終える頃、花の下の女性のもとにジーパン姿の男性が駆け寄ってきた。「待たせてごめん。」と彼が云ったかどうかはわからないが、二人はにこやかに話をしながら、放春花の下から離れた。
▼今日は、妻の半世紀目の誕生日、二人で感動の物語を紡ぐことも少なくなったが、感謝をこめて、冬枯れの木立を一瞬にして華やかに彩った放春花を贈りたい。

2006年3月13日