もうひとつの“王家の谷”が出現する
2006年10月11日
山路野菊(やまじのぎく)
キク科ハマベノギク属
日当たりのよい乾いた草地に生える高さ0.3〜1メートルの2年草。茎はよく分枝し、かたくて粗い毛が生える。淡青紫色の花が秋空によく映える。
野菊の花言葉は、清爽・障害
▼北朝鮮の核実験のニュースに、暗雲がたちこめている。まだ、核実験だったという確かな情報は入ってきていないようだが、おそらくニヨンボンの黒煙減速炉からでた使用済み核燃料を再処理して得たプルトニウムによる原子爆弾の可能性が強い。TNT火薬に換算して4キロトン規模の原爆だと報じられているが、地震波の計測から、どうもすべてうまく起爆せずに1キロトン規模に終わったのではという憶測がでている。いずれにしても、長崎型の原爆実験が行われた公算が強い。
▼朝鮮半島の地図を見る。(※右の地図は毎日新聞より転載) 核実験が行われたとみられるのは豊渓、豊かな渓谷と呼ばれるこの一帯を衛星写真で確認する。至る所に掘られている横穴、その出口近辺に山高く積まれた土砂らしきものが判別できる。核汚染を防ぐための地下核実験だというが、この横穴式での地中実験はなんともこころもとない。
▼地図を見て改めて気付くのだが、核実験が行われた渓谷の北西には白頭山が聳えている。白頭山は古来、朝鮮民族から聖なる霊山として崇められてきた。さらにこの一帯は、金日成が抗日革命戦線をはった地域で、北朝鮮の観光案内にはこう記されている。
「白頭山の大森林地帯には、金日成将軍によって導かれた抗日革命闘争の不滅みら事績を秘めた白頭山密営などの革命戦跡地が随所にある。白頭山はまた、金正日書記が抗日武装闘争の戦火のなかで生まれ育ったゆかりの山で、朝鮮革命の聖山として名をはせるゆえんである。・・・」 (宝島社「北朝鮮観光」より)
白頭山で一番高い山は「将軍峰」と呼ばれ、現地には25メートルもの高さの金日成将軍の銅像が建てられているという。
▼地図に物差しを当てて、核実験の行われた豊渓から白頭山までの距離を計ってみる。白頭山からおよそ120キロ南東に核実験場がある。ふと思い立ち、地図帳のページをめくりアメリカ合衆国の地図を開く。ネバダ州の旧核実験場を起点にし、そこから南西、アリゾナ州の砂漠地帯、モニュメントバレーまでの距離をはかってみた。およそ360キロ。北朝鮮核実験場から聖なる山・白頭山までの距離は、ネバダ核実験場からモニュメントバレーまでの三分の一である。
▼本棚の奧から「ジョン・ウエインはなぜ死んだか」を引っぱり出す。1982年に広瀬隆が書き下ろしたルポルタージュだ。1950年代、アメリカ・ネバダ州で7年間にわたって大気中の核実験が繰り返された。奇しくもこの時期、ハリウッド映画は西部劇の全盛期だった。西部劇のロケ隊は実験場から数百キロ離れたユタ州、アリゾナ州の砂漠地帯(王家の谷)にしばしば入り、砂まみれ、ほこりまみれになってシューティングを続けた・・・・・・。それから数年後、役者やスタッフが次々に癌で倒れるという怪事が起きはじめた。そして、西部劇の大スター、ジョン・ウエインさえも・・・。
ルポは、核汚染と発癌の因果関係を追った。
◇1961年 ゲイリー・クーパー(前立腺癌)
◇62年 マイケル・カーティス(癌) フート・ギブソン(癌) トーマス・ミッチェル(癌)
◇63年 ディック・パウエル(リンパ系癌) ペドロ・アルメンダリス(リンパ系癌)
◇65年 ザカリー・スコット(脳腫瘍) ワイルド・ビル・エリオット(癌)
◇67年 スペンサー・トレイシー(前立腺癌) スマイリー・バーネット(白血病)
◇68年 ダン・ヂュリエ(肺癌) ウイリアム・タルマン(肺癌)
◇69年 ロバート・テイラー(肺癌) ◇70年 カティー・フラド(悪性胃病) マリ・プランチャード(癌)
◇71年 カールトン・ヤング(癌) ガイ・ウイルカーソン(癌)
◇72年 ブライアン・ドンレブイ(喉頭癌) ブルース・キャボット(肺癌)
◇73年 エドワード・G・ロビンソン(癌) ティム・ホルト(肺癌) ルバート・クロス(癌) ロバート・ライアン(肺癌) グレン・ストレンジ(胃癌) ジョン・フオード(癌) シドニー・ブラックマー(癌) ローレンス・ハーブエイ(癌)
◇74年 アグネス・ムーアヘッド(子宮癌) イブ・マーチ(癌)
◇75年 スーザン・ヘイワード(脳腫瘍) フレッドリック・マーチ(癌)
◇76年 ウイリアム・レッドフイールド(白血病) ロザリンド・ラッセル(癌)
◇77年 アンディー・ディブアイン(白血病) ジョーン・クロフオード(癌) ダイアナ・ハイランド(癌) ジーン・ヘイゲン(喉頭癌) ジョーン・テッツエル(癌)
◇78年 フランク・フアーガソン(癌) チル・ウイルス(癌) ケリー・トードセン(癌)
◇79年 ジョン・ウエイン(腸癌) ニコラス・レイ(肺癌) シャーリー・オハラ(癌) カート・カズナー(癌) クレア・カールソン(癌) アーサー・ハニカット(癌) ジョージ・プロンデル(白血病) ジョン・キャロル(白血病)
◇80年 バーバラ・プリトン(癌) ベギー・ヌーゼン(癌) スティーブ・マックイーン(肺癌) ジョージ・トビアス(癌) ゲイル・ロビンス(肺癌)
◇81年 リチャード・ブーン(喉頭癌) グロリア・グレアム(肺癌)
◇82年 トム・ドレイク(肺癌) ヘンリー・フオンダ(癌)・・・・・
▼ジョン・フオード監督の西部劇出世作となると同時に、主演のジョン・ウエインを一躍スターに押し上げた「駅馬車」、その舞台となったのがアリゾナ州のモニュメント・バレーだ。この作品後、この砂漠の浸食作用によって聳えたつモニュメント・バレーをジョン・フオードは好んで西部劇の舞台とし、そこは“フオードの縄張り”とまで呼ばれた。しかし、この一帯でロケをしたスタッフに不思議なことが起こり始めた。酔いどれドクター役でアカデミー助演賞を獲得したトーマス・ミッチェル、中尉役のアンデイ・ディバン、そしてリンゴ・キッド役のジョン・ウエイン・・・次々と癌に倒れ、ついにはジョン・フオードも癌のために死亡した。
▼死の灰となって大気を漂う放射性物質を吸い込んだ場合の発癌との因果関係は、その後、各地からの臨床報告を積み重ね、実証されつつある。ハリウッド「王家の谷」と呼ばれた砂漠のロケ現場で大量の死の灰を吸い込んだスター達が癌で倒れたという事実はただの偶然ではない。
▼朝鮮半島に新たに出現した核汚染地帯は皮肉なことに金日成を神格化した白頭山をも呑み込んでしまうであろう。その悪夢を描く想像力を持ちあわせずに、核抑止力の幻影、核保有国への妄想に囚われる金正日主席の悲劇。若い頃から映画好きでハリウッドに憧れるともいわれる主席は、核実験場一帯の森林地帯でかつて映画制作の没頭したこともあるという。核実験場から120キロ離れた聖なる山・白頭山と、核実験場から360キロ離れたモニュメント・バレー、二つの象徴が皮肉なオーバーラップとなってもつれあう。 朝鮮半島にもう一つの“王家の谷”が出現した。 |