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       この惑星での生き方 A

        2008年1月11日            

 ▼15年前、来る日も来る日も、顕微鏡を覗いていた。私たちの体を構成するのは60兆個もの細胞だ。その一つ、直径100分の1にも満たない細胞を宇宙のように壮大な世界として映像化できないか。それもCGような作り物でも、電子顕微鏡がとらえる乾燥した死の世界でもない、実写で、しかも生きたままのものでなければならない。
▼この無理難題に一緒に取り組んでくれたフリーのカメラマン、Sさんがとらえたのがこの細胞写真だ。これは我々、ほ乳類の肝臓を構成する肝細胞。左側にある楕円の領域が核、ここに遺伝子が内臓されている。核のまわりの様々な粒子が細かく震えながら動いている。口から取り入れた食べ物は栄養素に分解され、この肝細胞に送り込まれる。この中で栄養素は貯蔵され、必要に応じて分解され、また合成され、血液に送り出される。また、薬やあるアルコールなどを解毒し無害なものへと代えてしまう。なんとも驚異の仕事をこの数ミクロンの中でやり遂げてしまうのである。奇跡としかいいようがない。
▼Sさんが映し出した、肝細胞はまるで大都会の夜景のようだった。あらゆるものを飲み込み、カオスの中から秩序を産み出し、トータルとしてバランスを保つ重層的な仕掛け、この幻想的な数ミクロンの風景を、喧噪のニューヨークの夜景と重ねあわせながら番組をスタートした。
 それぞれの粒子は都市を行き交う人々だ。それぞれの人々はそれぞれの目的に従って、言ってみれば勝手に生きている。しかし、それが何百万集まったとき、それを俯瞰してみれば、都市という一つの有機体のように見えてくる。


▼めまぐるしいミクロの物質処理の現場の中で、一際、目立つのがミミズのような無数の物体だ。これを糸状体、別名、ミトコンドリアという。ミトコンドリアは元々は、まったく別の生命体だった。およそ20億年の昔、この生命体は、核をもちひろい膜をもつ、ドテッとした生命体に呑み込まれてしまった。それ以来、この膜の中に棲みついている。
▼もともと、原始地球には酸素がなかった。しかし、今、我々にとっては猛毒の硫化水素などを使って生きるバクテリアが誕生した。そして、その中から、やがて、太陽の光エネルギーと大気中の二酸化炭素から栄養をつくりだすという画期的なバクテリアが生まれ出る。今の植物を構成する細胞の祖先、シアノバクテリアである。シアノバクテリアは栄養を創り出す結果として排気ガスを産み出した。それが酸素というガスだった。それまで地球には酸素はなかった。いま地球上にある酸素のすべては、シアノバクテリアや植物が吐き出したものだ。
▼酸素は、原始地球で硫化水素などを使って生きていた先住のバクテリアにとっては猛毒の物質であった。彼らは酸素のない場所に追われた。一方、酸素を吐き出すシアノバクテリアは勢力範囲を拡大していった・・・・・・。そして、ここからが興味深い。
▼やがて、猛毒の排気ガス、酸素を使って、生きるバクテリアが登場するのである。燃えやすい酸素を使って高エネルギーを使って創り出すこのバクテリアは、排気ガスとして二酸化炭素を吐き出した。酸素と二酸化炭素の見事な循環がはじまった。そして、さらに面白いことに、酸素の中では生きられない古いバクテリアが、なんと、酸素を使っ生きる新参のバクテリアを呑み込んで、体内で飼い始めたのだ。呑み込まれたバクテリアこそ、ミトコンドリアである。ミトコンドリアにしてみれば、外敵から保護される安定した環境を保証してもらえることになる。宿主はミトコンドリアが酸素を使って創り出す高エネルギーを使い、無限な化学処理能力を持つようになった。これが我々の体を構成する細胞の誕生、奇跡的な、共生関係の始まりである。20億年前の出来事である。
▼我々の体の基本、存在の基本は、全く異なる生命体の共生の上にあるのである。

▼この地球を構成する物質の量は基本的には大きく変わっていない。それぞれの物質が形を変えながら惑星の中を、ある時は大気となり、鉱物となり、またある時は生物となり、循環している。
そして、我々の体の基本単位、直径100分の1ミリの細胞が共生体であるのとおなじように、地球という惑星も一つの共生体なのである。

▼温暖化する地球には必ずそれを冷却する何かの作用が生まれ出る。それを人類の知恵により一刻も早く生みださなければならない。大自然の力で次の作用が生まれるのを待っていると、その前に人類は滅亡してしまう。

2008年1月11日