清水橋の紫陽花 6月19日
▼もうひとつ、とっておきの紫陽花を紹介させてください。最近の通勤路、光が丘から西新宿まで地下鉄に乗る。そこから地上に出て、バスを使って渋谷に向かう。いくつかの選択の中で今の季節はこの通勤路を最優先する。なぜなら、山手通りに抜ける狭い路地、コンクリートのビルの淵にへばり付くようにある一本の紫陽花の古木があるからだ。 ▼新宿は猥雑さを帯びた闇と高層ビルの幾何学が放つ光が交錯する混沌の空間である。と同時に、この町はかつて甲州街道沿いに発達した江戸時代屈指の宿場町でもあった。山手通り、西新宿三丁目の駅をでると清水橋の柱跡がその面影を残している。 ▼雑居ビルの一角、猫の額のような土地に金木犀と紫陽花の木が並んで植えられている。ビルが建てられる前、この二本の木は古い屋敷の庭木だったのではないか。なにかの気まぐれで、二本はぽっかり取り残されてしまった。程近いところにある清水橋の橋柱と不思議に呼応している二本の木はある時期までこの一角を占有していた宿場町の風景の残渣に違いない。 ▼毎朝、紫陽花の木の前を通り、日々の花相を確認する。身内びいきのような心境だが、この紫陽花の桃色はほかのどんな紫陽花よりも美しいといつも思う。 ▼紫陽花の背後には都庁の巨大なビルが聳え立つ。都庁を設計した丹下健三は、江戸の町屋の間口部のモチーフに、コンピュータの集積回路のパターンを重ねてデザインした、と伝えられている。その高度情報化時代の象徴ともいえる都庁の威圧にさらされながらも、この紫陽花は、毎年、自分の色を忘れない。
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