<最終更新日時:

 スズカケノキ (鈴懸の木)                        

 プラタナスと呼ばれ、街路樹ではおなじみの落葉高木。30メートル以上の巨木が多く、樹皮が大きく剥げ落ち、幹にまだら模様がある。秋から冬にかけ、直径3センチ以上の果実が枝に垂れ下がる。その姿が山伏の襟にかけた白い飾りを彷彿とさせるので、鈴懸木と名づけられたという。

▼光が丘公園で、落ち着く自分だけのスポットをあげるとすれば、このスズカケノキの下かもしれない。武蔵野の大地の時代からあったにちがいないこの巨木は、公園の散歩道からもちょっとはずれ人からもあまり注目されない。冬、このスズカケノキにまだぶらりぶらりと果実がぶら下っているのか、確かめにいくのが楽しい。いくつかの枝に残っているのを確認すると妙に安心したりする。なぜかほっとするのが冬空のスズカケの実だ。
▼天皇陛下がきょう、東大病院に入院された。前立腺にがんが見つかりその全摘出手術をするためだ。昨日の歌会始での表情といいい、きょうの淡々とした様子には思うところ多い。折りしも、手元に、皇后著書の「橋をかける」(すえもりブックス)という本がある。児童文学との関わりを自らの体験を踏まえ切々と語ることばにはしなやかな愛情がちりばめられて暖かい。考えるに戦後、平民から皇室に入った美智子さま、そしてあの戦争の責任ついて父のそばで向きあってきたに違いな天皇は、「The Emperor shall be the symbol of the State and of the unity of  the people,deriving his position from the will of the people with whom resides soveregn power](憲法第一条)のいうところの、象徴としての自分の身の処し方について常に自問自答させられてきた半世紀だったのかもしれない。
▼天皇の今回の淡々とした身の処し方は、がんと苦闘している多くの人を勇気づけた。特に自分はがんかもしれないと心痛める人々にある種の勇気を与えた。その場に遭遇した時に自分もあのような毅然とした態度をとりたい・・・・・なるべくおおげさにしないように、としながらも病状についての情報は正確に国民に伝えるように、という指示を出したという天皇の意思には敬意を表したい。
▼また、少女時代、児童文学に感銘を受けた記憶を風化させずに今積極的に語ろうとする皇后には老境に入った一人の人間としての強い決意を感じる。公人といっても人形ではない。自分の培ってきた意志を率直に示し一つの道筋をしめす謙虚な主体性の出し方についての術を会得し、それを実践しようとしている。その根底に憲法1条がしっかりと生きている。それぞれが、憲法の定める「象徴」といしての自分の役割についての自問自答をつづけていることを伝える、それぞれの出来事だと思う。
▼終戦直後、その何年間の奇跡の中で、この国は世界の理想となる平和憲法を持った。その第一条に忠実に、自分達を国民の象徴として律することを皇室は課せられてきた。当たり前のことなのかもしれないが、これほど世の中が自分の役割について投げやりになってしまった中にあって、皇室の個々人の変わらぬ半世紀にわたる愚直な活動が今、新たな意味を帯びてきているように思う。
▼自分は、病になったら、まちがいなく平常心を失い、狼狽し、公人としての配慮などすぐに捨て去り、まわりをはたはた疲れさせてしまうだそう。いざという時の自分を全く信じない者としては、きょうの天皇のような淡々とした身の処し方を肝に銘じていたい。同じような思いで記帳に訪れた人も少なくないだろう。
▼声高なイデオロギーの威嚇に翻弄されることなく、ぶらりぶらりとスズカケノキの実のようにゆったりかまえ、自分の役割を淡々とこなす凡百でありたい。ひょっとしたら平成天皇もそう思っているかもしれない。
                          
トップページにもどります