ある四月から 4月2日
▼ まず、リンクに張ってある
1月25日 冬の薔薇を思い出してください。職場のリルケから聞いた淡い物語は、心の奥底に潜めている遠い昔の思い出を刺激してくれた。同じ思いに浸った人も多かったようで、あの寓話、ぜひ続編が知りたい、という声が多く寄せられた。
▼おりしも、つい先日、再び職場のリルケが現れて、今度は写真を手渡して去っていった。。なんのキャプションもない写真には、シダレザクラやソメイヨシノなど、川べりの春爛漫が映し出されてた。
▼春、リルケは山辺の里の女(ひと)とその川岸を歩いた。二人は、花の表情を一枚一枚写真におさめながら、追憶と共にゆっくり歩いた。
◇ ソメイヨシノ、その花言葉は「優れた美人」
リルケ「長い歳月の洞を潜り抜け、
こんなに穏やかな時間の中を
君と歩いている。こうして君と普通にしゃべれるようになるまで、30年もかかった。」
山辺の里の女(ひと)「あの頃のあなたは、私のことをほんとうに見つめていたのかしら。」
◇ 庭梅、その花言葉は「願望」
リルケ「きみのことはなにも知らないままだったのかもしれない。君に認められる一流の男にならなければならない、そんなことばかり思っていた。だから国立大を目指し司法試験もめざした。結局はそうして自分のことに精一杯で実は君のことは何も知らなかった。」
山辺の里の女(ひと)「今、わたしを見てどう思う?」
リルケ「こんなに勝気な女(ひと)だとは思わなかった。」
◇ シダレザクラ、
花言葉は「あなたの本心を知りたい」
山辺の里の女(ひと) 「あなたは私に感謝しなければいけない。」
リルケ 「どうして。」
山辺の女(ひと)「私が消えて、あなたは
弁護士の道を捨てた。そして今の世界に入った。再会した時、あなたは楽しそうに
仕事のことを語った。今の世界に満足しているんでしょ。」
リルケ「ああ、後悔はしていない。」
山辺の里の女(ひと)「私が消えてあなたは今の世界に巡りあった。だから私に感謝してほしい。」
◇ オオイヌノフグリ 花言葉は「神聖」
男 「ほら、君の足元」
女 「えっ」
男 「君の足元に星が耀いている。」
女 「あっ、ほんとうだ。
気がつかなかった。」
男 「その草を "星の瞳と呼ぶ人もいるんだ。」
女 「・・・・足元にあること、気がつかなかった。
ある四月から リルケ
ふたたび森がかおる。ただよいのぼる雲雀が
重かった冬空を引き揚げれば、ぼくらの肩ははればれ軽い。
枝間にまだうつろな昼の領する
冬のなごりの時が過ぎると、
歩みのおそい午後の雨の降りつくす日が続いたのちに
あまねく金色の陽射しのそそぐ
あの新しい時間がくる。
遠い家々の正面では、それをまばゆげに逃げようと、
傷ついている窓のすべてが、おずおずとはばたきをする。
やがて、しずまりかえる。雨さえ音をひそめて、
しずかに暗さを増しつつ光る敷石の上を渡ってゆく。
ありとあらゆる物音が、すっかり身をひそめる、若枝のみずみずしく輝く蕾のむれに。
▼ 川辺を歩く二人の話。30年という歳月の洞を抜け出して再び時を紡ぐ二人の話になぜこんなにも胸をときめかすのだろう。「緊張せずに普通に話せるようになるのに30年かかったよ。」という職場のリルケの言葉が鮮烈な響きを持って胸にとびこんでくる。確かに、山辺の里の女(ひと)の言うようにあの頃の僕たちは恋することに精一杯で彼女たちの言葉に耳を傾けることはできなかった。結局、その女(ひと)がどんなことを夢見、なにを悩み、なにを考え生きているのか、なにも理解せずに僕らは勝手に彼女たちの前を通り過ぎてしまった。結局、自分だけの一人芝居をしていたのかもしれない。
▼今、再び、歩き始めたリルケと山辺の里の女(ひと)、
満開の桜の輪を潜り抜けたリルケは、五月、山辺の里にカーネーションの花束を贈ろう、とふと思った。 <つづく>
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