客のこない店の奧で

        2005年12月31日  

  山茶花
 (さざんか)      Camellia      sasanqua

ツバキ科ツバキ属

 雄しべは椿のように筒状に合着していない。そのために椿のように花ごと落ちず、花びらがバラバラに散ってゆく。南の国では新芽を摘み、お茶の代用にした。中国では茶梅(サバイ)と呼んでいる。花言葉は理想の恋、清雅、ひかえめな心・ひたむきな愛・謙譲・愛嬌・謙遜

▼あっという間に季節が通り過ぎ、2005年最後のページとなった。今年、この「草木花便り」にあまり向かう時間を用意しなかったために、書き込みも次第に少なくなり、季節感を肌で感じ取るタイミングをなんども逸した感がある。このHPのささやかなお客さん達には不義理をしてしまいました。
▼データを見ると、「草木花便り」にアクセスし、しばらく滞在してくれる人は毎日100人くらい。コンスタントにこれだけの来訪者がいるのは、無数にあるHPの中ではいいほうだと、友人は言うが、本人は、西日の差し込む閑散とした古本屋の奥の方で、ぼーっと所在なく店番している店主の風景を重ねている。
▼そんな、しなびた本屋の店先に、突然、500人をこえる人が殺到する日々が昨年の暮れから今年の初めに続いた。人知れず営んでいたつもりの店の前に大勢の人がひしめき合って並んでいるのを知って最初はうれしくもあり、心が弾んだが、すぐにその人々が「悪意」と「冷やかし」とともにやってきたのだとわかった。時に、刃物でえぐるような言葉を投げつけて去っていく人もいて、私は改めてネットという匿名社会の怖さを思い知らされた。いっそのこと、店をたたんでしまおうと思ったこともあったが、この「草木花便り」は、私がようやく手に入れた文房具である。これがあれば、おこがましい言い方だが、これから何があろうとも、どんな境遇になろうとも、何かを表現しつづけることができる。それだけで幸せな気持ちになる。せっかく、みつけた文房具をそう簡単には棄てられない。ネットの中を嵐のように無責任に通り過ぎる「言葉のギャング団」の攻撃は本人にとってはあまりにも残酷だ。だからといって、臆病になりシャッターを下ろしてしまえば、大事な文房具を失ってしまうのだ。店の看板は下ろさない。

▼本人の気苦労をよそに、数週間が過ぎると来訪者たちはいなくなり、店は再び閑散となった。私が書きつけるいくつかもキーワードに反応して、再び悪意に満ちた人々が押し寄せることもあるだろう。インターネットに言葉を刻む、ということはそういう危険への覚悟が必要だということを、ささやかながら私は身をもって体験した。

▼今年ほど、インターネットの「言葉の網」が、我々一人一人の間を神経網のように張り巡らされ、巨大なアメーバに膨張していることを思い知らされたこともないだろう。もはや後戻りはできない。ネットを駆使して巨万の富を得て駆け上る若き経営者たち、ネットの中で全く知らない者どおしが結びつく出会い、そして犯罪・・・・イリュージョンの世界が、目の前の現実社会より複雑で入り組んだパワーを暴発している。虚と実の力関係がひっくり返ってしまった。


▼今年、私が見た風景の中で一番印象的なもの。9月12日「混沌」から・・・・・「先週の日曜日の昼下がり、わが団地前がざわざわしている。中学生が階段を駆け下りていく。「どうした?」「コイズミが来るんだ。」そういって中学生は団地前の広場に向かった。携帯電話で皆がメールしあっているせいなのか、閑散としていた広場は首相が来る直前、実にタイミング良く人で溢れかえり、彼が消えるとすーっと散っていく。それを上から俯瞰する。人の群れは渦巻かない。波のようにワーッと押し寄せスウーッと引いていく。滞留して渦巻き水たまりを作るなとという歪さは全くない。これがコイズミ記号社会の俯瞰図だ。それから1週間後、昨日の選挙で、予想通り、小泉自民党は圧勝した。」

▼時流が加速度的に速くなっていく。「言葉の暴力」がとてつもない嵐となって、個人を、突然、神のように高らかに担ぎ上げたかと思うと、次の瞬間、葬り去っていく。我々が手にした高度情報社会はネットの中に個人を絡みつけ、喘息のように「輻輳」を繰り返しながらどこまでも膨張していく。個人をデジタル的に一面からしか見ずに、ある時は崇拝したかと思うと、あっという間に切り捨てる社会・・・・我々はとんでもないところにたどり着いたのではないか。私は、今更ながら、キュビリックが、2001年宇宙の旅」を描いた後に送り出した「時計仕掛けのオレンジ」の予見に圧倒される。(2003年7月14日「時計仕掛けのオレンジ@」 2003年7月15日「時計仕掛けのオレンジA」

▼そんな話を、昨夜の酒席で、まもなく商社を退職する先輩にしゃべった。「相変わらず、暗いなあ。ルムンバも言っているじゃないか。少年よ、未来は美しい!だ。」先輩はこう切り返して、いつものように朗々と講釈をはじめた。私にとっての団塊の世代は、常に前向きで豪放磊落だ。しかし、厳しく言えば、社会人としてエリート街道を走った彼らはいつも現状追認で事の本質を暴こうとしなかった。バブルの時も今も・・・・・。かつて、ノンポリの私たち後輩を日和見だと烈しく総括し、今はゴルフ三昧、悠々自適の先輩に、私は酔いにまかせて久しぶりに絡んだ。

▼まあいい。今年、最後を下らぬ愚痴で終わっても仕方ない。とにもかくにも、ネットの中での私の「夢の誠文堂」は、西日のあたる閑散とした古本屋だ。私はその奧で、ぼんやり店番し続ける。野心は一つ。めまぐるしく過ぎさるものを自分なりにつかまえて、私事として書きとどめること。
道端でみかけた草木を手持ちで気ままに撮るように。

     ※ 今年一番励みとなったお便り(手前みそですが・・・・)

 初めて お便りを出します。

 銀杏が受精するって話を 友人に紹介しようと インターネットで検索していて
このホームページを知りました。

 写真が とてもきれいで 心の中の奥深いところで
何か・・ 言葉になる前の何かが 胸に湧いてくるようです。

 私は いっぺんに この便りのファンになりました。

 まだ全部は 見ていませんが、全部みても また始めからみるでしょう・・・ 泣きたいときや嬉しいときや 折々みると思います。

いい本屋さんだと 思います。私には とても ありがたく、嬉しい本屋さんです。

   長野県  Hさん

2005年12月31日