●冬の夏みかん
夏蜜柑/夏橙(なつだいだい)が正式な名称。1700年頃(江戸時代中期)、現在の山口県長門市の青海島、大日比海岸に漂着したかんきつの種子を西本於長という女性が播いたのが起源。その原木は昭和2年4月8日に史跡名勝天然記念物に指定され、現在でも、西本家の庭で保存されている。
夏みかんと八朔(はっさく)、外観は似ているが、味は全く異なる。甘夏と呼んでいるのは夏みかんの改良種であり、本来の夏みかんは原産地の萩と和歌山県の一部のみで栽培。大分県原産「甘夏」と宮崎県原産「日向夏」などを含めて夏みかんと総称されることもある。蜜柑(みかん)の花言葉は、木が「寛大」、花が「清浄」。
▼ 冬の日差しを受けて、夏みかんの黄色が暖かく際立っている。その厚い皮の中では静かに果汁が滲み出ていることだろう。夏みかんの果実は秋に実る。この時、あせって採ってはいけない。あまりにも酸っぱくて食べられないからだ。そのままじっと待ってほしい。その黄色い皮の上に雪が降り積もってもじっと待つ。冬の冷気を潜り抜け春一番に実を揺らす黄色い姿を辛抱強く見つめながら、じっと待つ。果実は初夏になってようやく食べごろになる。夏みかんと呼ばれる訳はここにある。
▼子供の頃、故郷の家々の庭に夏みかんの実がいつまでも垂れ下っているのが不思議だった。なぜ食べてしまわないのだろうかと不思議に思っていた。そのじれったい黄色い実が、ある時突然、爆発するのではないかという愚かな妄想に駆られたこともあった。重く垂れ下る夏みかんは黄色い爆弾だと思った。梶井基次郎の「檸檬」を知った時、自分と同じ思いを持つ人がいるものだ、となぜか勝ち誇った気持ちになった。本屋に入り積み上げた本のてっぺんに檸檬を載せ逃げる主人公の弾む気持ちに無理なく共感できた。
▼日差しを受けて鮮やかに浮かび上がる冬の夏蜜柑。重く垂れ下ったその姿には、この退屈でつまらない日常を一気にひっくり返し、忽然と予想外の展開に連れ込む魔性がある。
蜜柑にはそんな爽快で危険なかおりがある。